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横浜中華街と「海員閣」

所用があってコンパスさんと葉山に行った。
ハレの日なのに天気は生憎の雨。小雨の降るなか、逗子の商店街をぶらぶらと行く。
雨のなか、逗子の街中を歩いたのは、

キマグレンと生しらす丼

が目当てであった。けど、夏も終わったせいか、逗子の商店街にはキマグレン色も影もなく、そこはただ雨降るばかりの地方商店街だった。
そのかわり、たまたま視界に入った生しらす丼の「看板」に誘われ、ふらりと立ち寄ったその店で食べたしらす丼は、値段も安い上に味もよく、十分に満足した。こういう当てのあるような、ないような街歩きは楽しい。が、遊びすぎて、予定していた肝心の葉山行きバスに乗ることができず、タクシーを使う羽目になったのは、

想定外

といえば想定外だが、道が空いていることと、逗子から葉山へ抜けるトンネルのお陰で、遅刻せずに済んだ。

さて、葉山では挨拶もそこそこにして新逗子駅直行バスに飛び乗る。こうも急いでいるのは、今回の本当の目的である

横浜中華街

に行きたかったからだ。これはコンパスさんと半年以上も前から話していたことで、中華街で遊ぶために半年以上も精神的肉体的の両面を酷使してきた。とくに精神的部分の酷使はなみなみならぬものがあって、随分と更けた気がする。
そして、ようやく「中華街で遊ぶ」という目的が達成されたわけだ。

中華街といっても、なかは聘珍楼や同發、萬珍楼など大店から、路地裏で中華街のなかで暮らしている人を相手にしているような小さな店が軒を連ねている。コンパスさんから聞くところによれば、中華街で多い職業というのは、

中華料理屋
仕立物屋
床屋

だそうで、いずれも刃物が絡んでいる。
それはそうと、数ある中華料理屋のなかで目指したのは、おっしょさんオススメの

海員閣

だ。海員閣はその名に冠してあるように、昔は「海員」がよく通った店だそうだ。大通りに面した店でもなく、電飾キラキラの派手派手な店でもない。しかし、いかにも昔ながらの店といった佇まいだ。
昔作りの家に多く見られるように、急勾配の階段を2階へあがると、およそ中華料理屋という感じはしない。その一番奥まったところへ通されると、人懐っこいお婆ちゃん(オバさんもいる)が注文を取りに来るのだが、お品書き(2階にあがると、メニューは「お品書き」といったほうが実にしっくりくる)を見ていると親切心からのひと言アドバイスをしてくれる。その風すらもなんだか昭和のままといった感じだ。

取り敢えずのビールと焼売を頼む。この焼売がまた絶品で、僕が中華街に寄った際、買いに行く清風楼のそれとくらべると、とても焼売と呼べる形はしてない。しかし、これを肴にビールを飲むと、なんとも形容しがたい極楽が口のなかに現れる。

口福

とは、こういうことは指すのだろう。当然、この焼売はお土産としてひと折、家人に買って行った。
あとは敵に出会ったかのように次から次へと頼んでは食べ、頼んでは食べを繰り返した。この間、僕とコンパスさんは無言である。まさに美味い物を食べると形容の必要がない(無言になる)とは、このことだ。
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↑横浜中華街と「海員閣」の外観…ケータイカメラだとあまり鮮明じゃないね
これがケータイの限界かな…
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↑ビール(大)と焼売…うーむ、ビールが進む
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↑咕咾肉(すぶた)と鶏絲麺(トリそば)
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↑什錦炒飯(五目チャーハン)と芳香杏仁豆腐(アンニントウフ)
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横浜「バー・シーガーディアンⅡ」

海員閣で鱈腹食べたせいか、お腹が張って苦しい二人。
そこで、少し腹ごなしをしようと、再び夜の中華街を歩く。次第にどの店も閉めつつある時間だが、土産物屋の明かりを頼りにぶらぶらする。

閉店間際の中華街。雨の降りそぼる中華街…

なんだか電飾看板も元気なさげな感じがする。
頃合をみて、というよりも腹ごなしの状況をみて、やがて僕とコンパスさんは中華街を後にした。向かった先は、山下公園に面し横浜を代表する

ホテルニューグランド

だ。1927年創業のクラシックホテルで、エントランスからの階段に敷かれた青の絨毯は、このホテルの象徴といってよい。
その本館右奥にある「バー・シーガーディアンⅡ」は、英国調の正統派バーといったところで、実に落ち着いた感じだ。ここのソファに腰掛けて、静かにウィスキーを傾け、煙草の煙をくゆらし、ゆったりと過ごす(もちろん、シーガーディアンの名カクテル「ヨコハマ」を飲むのもよい)。

大人の時間

を贅沢に味わえるといっても過言ではあるまい。
ここのバーは、男と女が気障なセリフでグラスを傾けるよりも、男同士で来て、静かに語り合うほうがよい。そういう意味では、先輩後輩の関係もあまりオススメではない。

同僚、悪友…

そんな間柄の男同士が、紳士的に酒を飲み交わす。言葉数はそんなに多くなくてよい。
ただゆっくりと煙草の煙をくゆらせ、これまで溜め込んでいた

憂さ

にも似た「思いの堰」を少しずつ少しずつ、ウィスキーに浮かぶ氷のように静かに溶かしながら、時間をかけて心をリフレさせる。シーガーディアンにはそんな力が秘められているように思う。

横浜「玉泉亭」横浜駅ポルタ出店

仕事を少し早めに切り上げ、そぼ降る雨のなか、東京湾を半周して夜飯時分に屏風浦へ所用を済ませに行く。その後、横浜に出ると、すっかり夜飯にはよい時間だ。しかし、外は雨。中華街に移動している時間はない。となると、自然、駅前に限られてしまう。そこで取り敢えず東口地下街のポルタを歩く。

さて、何所で食べるか

と巡る。横浜ポルタは横浜駅の東口から「そごう」「マルイシティ横浜」「崎陽軒」へ通じる地下街に100軒以上の店舗が軒を連ねている。だから当然、一軒当たりの敷地は極めて狭い。そこへ夜飯時分に行くわけだから、どこも盛況だ。況してや外は雨。みんな地下道へ逃げてくるから、いつもより余計に多いようだ。こういう場合、当然、回転率の高いジャンクフードなら、それほど待ちもしないし、混みもしないだろうが、折角、横浜まで出てきているのに、態々好き好んで入ることもあるまいよ。
そこで、

そういや「玉泉亭」は空いているかな

と覗いてみれば、それなりに人の入りはあるが、並んでいるわけじゃあない。精々相席になるかどうかっていう程度だ。寧ろ、近くに出店している当世流行のラーメン専門店に比べれば空いているほうだ。
「玉泉亭」の本店は伊勢佐木長者町にある。創業は大正7年というから、現在は店舗営業を止めて、デパ地下でシウマイや肉まんなどの販売に専従している「博雅亭」とそれほど時代は変わらない。伊勢佐木長者町にはそういう明治・大正から続く老舗が多い。その「玉泉亭」の出店のひとつがこのポルタ店だ。
外に写真入りで大きく貼り出してあるメニューを眺めて「天津丼」を選び、先に支払いを済ませて席に着く。どうやら僕はタイミングがよかったらしく、この後、立て続けに客が来て順番待ちの状態だ。一服していると注文した「天津丼」が運ばれてくる。見た目はよい塩梅に濃い色の葛餡を掛けただけの極めてシンプルな天津丼。彩りのグリンピースも余計だといわんばかりか乗っていない。これを手前から掻き崩すようにして葛餡と絡めて頬張る。店員の「餡かけが熱いからお気をつけて」の言葉の通り、濃いめの熱々な餡は大分に湯気を立てている。その熱いところを、フーっ、フーって感じで息を吹きかけ冷ましてから、一息に頬張ると実によい。
玉泉亭のそれは、ちょっと見は玉子ばかりの極々シンプルなものだが、中身はしっかりしていて、叉焼とナルトをかくやに刻んだものと葱の粗みじんが入っている。これがなんだか懐かしい感じだ。かけてある葛餡もそのトロっとした濃い色に対して意外と酸味のある味で、ついつい二口、三口と進んでしまう。それほどに玉子とご飯によく馴染んでいる葛餡なわけよ。だから、これにビールの一杯もやったら、それこそ、

なんとも堪えられない

はづなんだが、帰りの電車のことを考えると車中で舟を漕いで乗り過ごすわけにもいかないため、ここは大人しく諦める。
綺麗に全部平らげて、ごちそうさまと店を出る。実に満ち足りた感じで、思わず、

ふーっ

と、息とも声ともつかないような、満足のため息とでもいおうものが自然と出た。
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↑伊勢佐木長者町「玉泉亭」横浜ポルタ出店の外観
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↑玉泉亭の「天津丼」

東戸塚「アイス工房メーリア」

JR横須賀線東戸塚駅は昭和55年開業というから比較的歴史の浅い駅で、駅前は新興住宅地として高層マンションなどが屹立している。特に東口は大手百貨店とスーパーの複合施設を中心になかなか賑やかなところだ。この繁華な地区を線路に沿って保土ヶ谷駅方面に進むと、土地の人でもない限り、見過ごしてしまうような脇道がある。そして、その脇道の突き当たりに猫の額ほどの緑地が広がっている。ここだけは駅のすぐ脇とは思えないほど緑に囲まれ、見る位置によってはそれこそ、

時間の止まっているような
時代に取り残されたような

感じがする。この緑の空間が実は「肥田牧場」という牧場だ。しかし、牧場といっても大草原のような放し飼いにされているものではなく、乳牛用の厩舎を取り囲むように緑が広がっているに過ぎない。それでも歴とした牧場で、乳牛が20頭はいようか。厩舎のなかで飼葉をむしゃむしゃと食んでいる。昭和17年に創めたというから実に60年、ここで牧場を営んでいることになる。
三年前、横浜の友人に連れられて初めてここを訪れた時、僕も流石に信じられなかった。なにせ脇は横須賀線の線路が走っている。

こんなところに牧場なんかあるわけないじゃねえか

と思いながら、友人の後について行くと、次第に牧場特有の臭いが鼻につくようになる。そして、厩舎で乳牛と対面。第一印象は、ただただ、

デカい!
牛ってこんなにデカい動物だっけ?

と瞠目し、見入ったものだ。テレビなどで見る牧場の牛と、すぐ目の前で見る牛とでは、矢張り全然違うわけよ。
さて、この牧場の入口にバンガロー風の建物がある。「アイス工房メーリア」だ。ここの店は肥田牧場の直営店で、奥の厩舎で飼葉を食んでいた乳牛から搾乳した新鮮な牛乳でアイスを拵えている。
シンプルに新鮮な牛乳の味を楽しむなら、断然ソフトクリームだが、ここはジェラートもよい。ミルク以外にも色々な味があり、その時の気分でコーヒー味にしたり、クリームチーズ味にしたりと選ぶが、どれもあっさりとした甘さがよい。それでいて本来のミルクの味を邪魔してないわけよ。これを店の脇に設けられたウッドデッキに出て、横須賀線とそれを挟み込むように両脇に屹立するビル群を眺めながら食べていると、

ここはどこよ

となんだか不思議な感じだ。
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↑東戸塚「肥田牧場」の厩舎
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↑肥田牧場直営店「アイス工房メーリア」の外観
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それでは「春夏冬、二升五合」をお願いまして、皆々様の御手を拝借。

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熊さん。今のお人で何人目だい?
著者寸描(プロフィル)

浮世名詮〔うきよのめうせん〕

Author:浮世名詮〔うきよのめうせん〕
東西東西~。
さて、これより語りまする者はその名を「名詮」と申しまする。

性格は可成ふざけて居りまして、朝イチから行動すればよいものを、昼も過ぎ、夕闇の濃くなる頃から東都のあちらこちらへ出没し、状況に応じて色々な人物を演じ分ける素ッ惚けた根無し草。

まあ、気楽に気楽にお付き合い下りまするよう、隅から隅まで、ズズいっとお頼み申し上げまする。

先づは

乍憚口上
乍憚口上」つづき
乍憚口上」むすび

を一読下さりまするようお願い申し上げまする。

千穐萬歳大入叶

熊八ブログをケータイしておくれっ
ちょいと、そこのお前さん。無視していくんじゃないよ。めうせんの「熊八ブログ」がケータイでも見ることが出来るっていうじゃあないか。おや、知らない?まあ、この人はなんて野暮なことをいいなさんのかねえ。
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