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今更でなんなんだが

一部の呑ん兵衛の間でいわれている?船橋三大居酒屋

○一平
○加賀屋
○あまから屋(←もっとも、ここは定食屋らしいが・・・)

よくよく思い出したら全店踏破してます。たぶん、報告してなかったと思うんで、ここで報告。
(すでに書いていたらゴメンナサイ)

けど、まだ「あまから屋」のカレーは食べてない。
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船橋の酒場~さらば一平。こんにちは加賀屋。

この前、久し振りにコンパスさんと船橋で呑んだ。
いつもの一平である。
が、しかし・・・かなしいかな。久し振りの一平は質が落ちたように感じる。
なんだか

商業主義

に走っているように感じた。もちろん、店側にも事情はあろう。材料費を考えれば、それでも十分に安いわけだが。
しかし、客側のわがままな言い分からすれば、質的にも量的にも、わづかに数ヶ月で数段落ちた気がする。
はじめて行ったときは、先代がまだ店を預かっていて、採算無視(・・・実際はちゃんと採算がとれていようが)でやっているような感じがあった。そして、客たちは客たちで混雑していても今の一平よりはいくぶん

和やかな雰囲気

であったように感じる。今の一平はただ混雑している安酒場にすぎないと思う。それにずいぶんと若い女性客が増えた。別に性差するわけではないが、やはりこの手の安酒場に女性客は似合わない。なんとなく男は意識しちゃうんだよ。
だから、早々に切り上げた。そして、数軒隣りの

加賀屋

に向かった。
以前にも述べたが、一平・加賀屋・あまから屋の三店が船橋三代居酒屋(安酒場)という。
加賀屋の名物はなんといっても

特製ハイボール

だろう。特製ハイボールが凄いのは、焼酎とエキス(天羽の梅)だけでグラスの9割を占め、オリジナル炭酸の瓶が別にきて、自分で割りながら飲むという代物。当然、最初は9割が酒類だから、炭酸を入れても味が

濃い

わけだ。その濃いところをやりながら、モツ煮込みを食べる。加賀屋のモツ煮込みといったら、一人用の土鍋にたっぷり盛られて出てくる。一平のそれが小鉢に盛られてくるのと比べれば、そのボリュームは

一目瞭然

だ。しかも一平はいつの頃からか、モツ煮込みにコンビーフを入れるようになり、味に締りがなくなったようにさえ感じる。こういったところも一平が残念な店になったところだ。
加賀屋で酔いにまかせてコンパスさんと話し合った内容は語るにおよばない。それくらい馬鹿な話しかしていない。
ただ思うのは、船橋で呑むときは、加賀屋が今後しばらくの間、疲れた男二人の止まり木になるだろう。

船橋「一平」スナップ

船橋「一平」は兎に角、安い。ふたりでチューハイだ生ビールだのを6杯飲んだ上に、肴も10品くらい頼んで、

お会計は…

といえば…あとは、自分たちの目と舌で楽しんでもらおう。
今回は頼んだ酒肴の一部を載せておく。
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船橋「一平」の外観(というか赤提灯)。
半年間、ヘトヘトになるまで作業に打ち込んでいたのは、ここで鱈腹飲み食いするだけのためだった。
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一平の「ねぎま汁」と「味付け玉子」
ねぎまはゼラチン質の身がプリプリしてて、七色をふりかければ抜群の味噌汁である。
味付け玉子は、説明してはいけない。これは是非、自分たちの舌で味わってほしい。
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一平の「きゅうりの丸漬け」と「レバー炒め」
きゅうりはカウンターに出す寸前で、最後に塩だか味の素だかをひと振りされているのが、味を引き締めているようだ。
レバー炒めは野菜と一緒に炒めてくれるバージョンもあるようだ。これもカウンターに出す寸前に、にんにく醤油をベースにしたタレがかけられる。
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一平の「自家製マカロニサラダ」と「はんぺん焼き」
大衆酒場「一平」でマカロニサラダ?と思わず、これはこれでアリでしょう。
はんぺん焼きはシンプルに網目がつく程度に焼いたもの。これにたっぷりと芥子をぬり、醤油をかけて食べる。あとは何も言わなくても、わかってもらえるだろう…ところで後ろのチューハイを持った手は誰よ?コンパスさん…

再訪。船橋「一平」(…ダメな男たちの止まり木)

ここ数年来の総仕上げとした仕事も去る17日、無事納めることができた。
それにしてもここ直近2ヶ月は肉体的にも精神的にもボロボロになった。連日、終電近くもしくは終電で帰るといった有様だった。毎日1本ないし2本、「リポビタンD」のお世話にもなっていた。

取り敢えず無事に仕事を納め、ふと思い返すと

季節はいつの間にか梅雨になっていた

といっても訳がわからないだろう。
僕も上手くは表現できない。ただ、昨年末から総仕上げに取り掛かり、そのうちに寒い冬、芽吹く春、新緑の初夏があったはずだが実感がないのだ。
いま、過ぎ去った春を感じるには、本棚に建て掛け置いたA4に引き伸ばした写真をみて

なんとなく

そんなこともあったかと感じるくらいしかない。引き伸ばした写真には、満開の桜をバックにおっしょっさん、コンパスさん、僕の3人が不自然な笑みを浮かべて並んで写っている。後ろに満開の桜が咲いているのだから、春に間違いないはずである。
それほどまで日々の移ろいを感じる余裕がなかったわけだが、疲れ果てた戦士も漸く

わずかばかり

の休息を得ることになった。

いや、違う

休息を得るために、肉体を酷使し神経をすり減らしてきたといったほうがいい。言い換えると、僕とコンパスさんは、たった二人だけの

ささやかな「お疲れさん会」を船橋の「一平」でやる

ために、肉体的にも精神的にもボロボロにして、数年来の総仕上げをしてきたのである。もっと言えば、コンパスさんも僕も

「一平」で飲む

という大義名分を掲げるだけのために、数年来の総仕上げをしてきたのである。傍から見れば、

本末転倒



滅茶苦茶

だろう。それでもいいのだ。疲れ果てた戦士二人を「一平」さえ快く招き入れてくれれば、満足なのである。

佐倉「カフェ・シュクル」

(なかなかに忙しくて、更新している余裕がないので取り敢えず画像だけアップしておきます。本文については、直面している仕事が一頻りついたら書きます。それまでは画像をみて想像していて下さい。乞御期待?)

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↑佐倉「カフェ・シュクル」の外観
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↑シュクルの日替わりランチ「オムライス」(サラダ・スープ付)
sakura_cafe_sucre_chocolatewaffle
↑オプションの「チョコレートワッフル」
sakura_cafe_sucre_teachiffoncake
↑同オプションの「アールグレイのシフォンケーキ」

平成20年初もうでの記

平成二十年一月三日 晴 清澄氏同道

竹ノ塚 1000
北千住―日暮里―高田馬場 210引
高田馬場―拝島 390引
拝島99 ジュース・リップクリーム 208
拝島大師さいせん 16
角・豆大し 500
厄除けうちわ 1000
みくじ 100
大日堂お姿 300
同火難盗難よけ 300
境内屋台にて菓子・大判焼き(鶴形) 100
同屋台にて中食・ケバブ 500
拝島ヨーカドー・ミックスソフトクリーム 200
拝島―玉川上水 170引
玉川上水 1000
玉川上水―高幡不動 350引
ほのほうちわ 500
不動お姿 500
大日堂拝観 200
高幡不動―府中 150引
大国魂神社さいせん 10
府中二葉亭食事 2900 うち2000払
府中―新宿 290引
新宿―秋バ 160引
秋バ・酒食 6000清
秋バ―北千 190引
〆て8434円也 尚IC処理分は不含

夜十一時五十分無事到着。
初詣のハシゴは意外に入用のものと知る。

酒々井「飯沼本家・まがり家」

本日、なんとか無事に今年の仕事納め。とはいっても、

沢山の宿題(仕事)

を持ち越ししての仕事納めだが、今年は例年にないくらい多く抱えての年越しとなりそうだ。
さて、仕事納めとなると周囲もなんだかソワソワと浮き足立った感じがあって、大して仕事に身が入らないまま午前を終えた。当然、午後もそれなりに仕事を片付ける必要があるのだが、今年最後の昼飯くらいは外で食べようということで、旧鈔堂君ともう一人を語らって外に繰り出す。
おっしょさんには

早く戻って来いよ

と釘を刺されたが既に店は定めてあった。隣町の酒々井にある「まがり家」だ。全然、近くない。佐倉から車で片道20分くらいだ。早く戻って来れようはづがない。
「まがり家」は千葉の造り酒屋のひとつ「飯沼本家」の出店だ。出店といっても飯沼本家の敷地内にある。飯沼本家と書くよりも「甲子正宗」の名のほうがそれと通っているかもね。
その甲子正宗の敷地に、新潟の旧家を買い取って移築したのがこの「まがり家」で、なんでもダムの底に沈ませるのは惜しいということで買い取ったそうだ。が、別段、周りの風景に対して違和感のない建物だ。それだけ千葉にあっても酒々井あたりまでくれば風光明媚の土地だからだろう。
敷地に下り立つと、辺りは麹のよい香りが立ち込めている。丁度、仕込みの時期なのだろう。あの独特の甘い香りが鼻を擽る。
「まがり家」の引き戸をカラカラと開けるとそこは直売所で右手には甲子正宗の酒がズラリと並んでいる。しかし、ただの直売所ではない。二階はアートギャラリの展示スペースとして利用されているし、左手の入れ込みでは簡単な食事もできるといった場所だ。
そして目当てはその食事だ。この店は事前予約しておけば弁当を誂えて貰えるが、今回みたいに、

それ!急げ!

と予約なしで突然に車を飛ばして来た客向けの軽い食事もある。それが「さんまの巻き飯」というやつで、炊いたおこわを秋刀魚で巻き包んで程よく焼いたものだ。これが実によい。食事というよりも酒肴といったほうが断然よいくらいで、間違いなく日本酒と合わせれば堪えられない一品だ。しかし、惜しい哉。今は昼。この後、仕事もまだ全然残っている。となると、ここで酒を呑むわけにはいかないのが実に辛いところだ。
また、添えられた粕汁がいかにも造り酒屋らしくてよい。餅は餅屋じゃあないが、粕は造り酒屋だ。ひと口ズズズと啜れば粕の甘さにホッとする。
三人ともすっかり綺麗に平らげて店を後にする。時計を見ればもう2時を過ぎている。どうも長居し過ぎたようだ。旧鈔堂君を駆り立て、一路、佐倉へ戻る。その車中、後部座席で揺られ乍ら、

時間を見つけて、また来よう

と思った。その時はまた旧鈔堂君を駆り出そう。
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↑酒々井「飯沼本家・まがり家」
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↑まがり家の「さんまの巻き飯と粕汁」

成田「い志ばし」

千葉県の佐倉市というところは昼飯に困るところで、目ぼしい店が極端に少ない。少ないうえに遠い。
精肉店直営で美味いとんかつを揚げてくれる定食屋があるにはあるのだが、職場からだと片道30分。行って帰ってきたら、もう昼休みが終わっている。仕方がないと近くのファミレスで妥協しようにも、片道15分。それならコンビニで済まそうかと考えたとしても片道10分。どうしようもない。八方塞だ。
それでも人間の腹というやつは減るのが道理というもんで、食べないでいるのは辛いわけよ。
そこで意を決して、旧鈔堂君を駆り出す。

歩いて30分掛かるなら、車で30分飛ばしてもなんら問題はないだろう

ということで、印旛沼に架かる甚兵衛橋を渡って成田入りしてしまった。
目指すは鰻やの「い志ばし」だ。
印旛沼に架かる甚兵衛橋は芝居・講談でお馴染みの義民佐倉宗吾を闇夜に紛れて対岸に渡す渡守の名に因んだものだ。橋の北詰には甚兵衛を称える大きな石碑が建っている。
その橋を渡り、右へ左へと曲がっていくとトラック街道に出る。この街道は不思議と鰻屋通りで、あちらこちらに鰻やが店を構えている。その数ある鰻やのなかでも「い志ばし」は随分とみすぼらしい粗末な家作だが、商売のほうはそれに反比例して大繁盛だ。由緒だなんだというものは全く知らない。ただそこにあるだけの小さな小さな店だ。スピードを出していようものなら、瞬く間に通り過ぎる。
店はテーブルで20席ばかり。合席当たり前の状態だが回転率がよいため、次から次へと捌く手際のよさは流石といったところだね。幸い少し時間を後ろへずらしたこともあって、直ぐに着席できた。
できますものは鰻は白焼きと蒲焼のみ。蒲焼は「丼」にするか「重」にするか、といった程度。実にシンプルで小洒落た料亭とはとんと無縁の店だ。譬えるなら、地方によくありがちな定食屋といった感じだ。
さて、以前、来たことのある旧鈔堂君の薦めに従って「鰻重」(上)を頼む。
凡そ鰻やらしくない店内の片隅にポツンとあるTVを観ながらわづかに待っていると、それは運ばれてきた。
山椒を適当に振り掛けて、熱いところをざっくりと頬張れば、いうだけあって堪えられない。自然二口、三口と箸が進む。添えられた「肝吸い」も塩加減宜しく、鰻を食べる合間合間に啜れば、なんだか心落ち着くような、

ホッ

とした感じになる。そして、美味さから

あっ

という間に平らげてしまった。
ただ惜しむらくは交通手段が全く自動車のみという点は頗る痛いところだが、まあ、鰻好きの旧鈔堂君がいる間はその心配もそれほど大きくならないだろう。
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↑成田「い志ばし」の外観
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↑い志ばしの「鰻重」(上)

大船「大船軒」

午後、所用で大船に行く。
大船といえば、その昔、ここに松竹の撮影所があったのを思い出す人もいれば、小高い岡に白亜の尊顔を覗かせる大船観音を思い浮かべる人もいるだろう。最近では駅構内の商業施設「Dila大船」が記憶に新しいところだが、忘れちゃあいけないのが「大船軒」であり、そのサンドウィッチだ。
東海道線の全通が明治22年。大船軒は明治31年創業というから、随分と古くから駅弁を商っている店で、名物のサンドウィッチの発売には黒田清隆も一枚噛んでいるので

たかがサンドウィッチ

と侮れない。侮れないもうひとつは、具の

鎌倉ハム

だ。発売当初の大船軒のサンドウィッチは、具に輸入物のハムを使っていたようだが、当時としてはハイカラなこの駅弁は飛ぶように売れたらしく、輸入物に頼っていちゃあ製造が追いつかない。

それならば、いっそのこと自分たちで作ってしまえ

ということで一役買った結果に「鎌倉ハム」があるというわけだ。恐るべし大船軒。恐るべしサンドウィッチ。
さて、中身は非常にシンプルで、チーズとハムの2種類だ。ほかに具はない。ハッキリいってしまえばコンビニのサンドウィッチのほうが全然、具もたっぷりとしていて、比べてしまえばなんともみすぼらしい感じは否めなくないが、同時に、

懐かしさ

みたいなものを感じる。
今のサンドウィッチが何もかもたっぷりとしているだけで、昔のサンドウィッチといったら、どこのもこの程度だ。
子供の頃、休日ともなると家族で何するわけでもなく(多分、両親はアメ横や多慶屋あたりで買い物をしていたんだろうが…)、よく上野に出掛けたもんだけど、昼飯は決まって御徒町駅脇の「吉池」の食堂だった(当時は最上階が食堂だった。今も装いを新たにして昼は食堂、夜は飲み屋として営業しているらしい)。そこで食べたサンドウィッチにしたってこの大船軒程度のものだったことは、今でも鮮烈に覚えている。
また、その土地その土地で長年、喫茶店と営んでいるようなところのサンドウィッチは今でもこの大船軒のような極めてシンプルなサンドウィッチだったりする。例えば小石川にある[R]という昔ながらの喫茶店が出すサンドウィッチなんかがそうだ。
大船軒といえばサンドウィッチもさることながら、「鯵の押し寿司」もよい。こちらは大正初年から作っているというから、これまた歴史のある駅弁だ。当時の大船といったら畠と田圃ばかりで、すぐ向こうには相模湾が広がってたという。ビルが林立する今じゃとても信じられないことだ。この相模湾で捕れた小鯵を押し寿司にして売り出したら、またも繁盛したというのだから、創業者はなかなかの知恵者だったと思うね。羨ましい。僕もかくありたいよ、全く。
包み紙、蓋を取ると微かに漂う押し寿司独特の香りが思わず酒を呼びそうだ。サンドウィッチにしてもそうだ。ハム、マーガリンの香りにビールのお供が欲しくなる。
ただ残念なのは今の東海道線はすっかり横並びのシートになってしまい、車中で広げて食べるというような環境は程遠くなってしまったということだ。

続きを読む

府中「紙よし村」

所用で八王子方面に行き、その帰りに府中で途中下車する。
京王線府中駅から欅並木を大国魂神社まで行くと、突き当たる通りが旧中山道だ。往時はメインストリートだが、今、実際にそれを見ると随分と道幅が狭い。しかし、東海道にしろ、中仙道にしろ所謂五街道と呼ばれる主要街道も今は「旧道」と呼ばれるそれの道幅などはこんなものだ。おっしょさんがいうには、

馬2頭が(問題なく)擦れ違えるだけの幅があればよい

とのことだ。
その旧道沿いも今はすっかりどこにでもある普通の街並みと化しているが、それでも看板や壁などを眺めれば、チラホラと山ナントカ、入山ナントカ、鍵ナントカ(もあったと思う)や○○屋といった感じの街の雰囲気にはそぐわない屋号が記してあったりする。
府中に下りた理由のひとつは、大国魂神社の直ぐ隣で明治の初期から紙屋を営んでいる「紙よし村」に寄るためだ。この店は前回のすもも祭の時に、偶然見つけたもので、近代的な外観とは裏腹に古風な店内の様子にちょっと興味を覚えてスーッと入ったのだが、いざ覗いてみるとなかなかによい紙を揃えている。その時、買った明朝廻し入りの美濃和紙製便箋の使い勝手がよくて、「あっ」という間に使っい切ってしまった。府中に住んでいる友人へ僕の代わりに買っておいて欲しいと頼んだけれども、最近なかなか会う機会がない。会う機会を窺うよりも自分で途中下車したほうが早いと思ったわけだ。
ケータイ、メールで連絡を取り合うのが当たり前のこの時代にあっても、僕の場合は色々あって、時として不調法でも筆で手紙を認めることがある。そういった時に市販の安い便箋だと、紙に墨が思うように乗らない。下手の上手い言い訳じゃあないが、紙が悪いと筆の運びが悪くて、字が潰れてしまうわけよ。

さて、得意の脱線だが、男もある程度の年齢になったら、日頃からTPOに応じてアイテムに気を使うのが大切だと思うね。
万年筆なんかは「ポケモン」という言葉がちょいと前に流行ったけど、折角のモンブラン社製も「ポケットに入れておくだけ」なんていうのは勿体無いよ。矢張り、使わないと手に馴染まないし、使っていれば結構、スラスラっとペンが走っていくもんなんだよ。
そしたら、矢張り「紙」にもある程度拘らないと駄目だね。なにも書家じゃあないから、極上のものにする必要はないけど、折角のモンブランにコピー用紙じゃあ、どう見ても様にならない。そういう時はペン用のちょっと厚手の便箋なんかで認めると、貰った側もなかには

おっ

と思う人がいるかも知れないでしょ。そういう便箋は誰が見てもちょっと洒落た感じに作られてるものだしね。

さり気無く、気の利いたアイテムを使える男

というのは同性から見てもスマートな感じがしてカッコイイわけよ。しかし、僕がいえた義理じゃあないが実際にやるとなると可成り大変だよ。
そろそろ軌道修正しようか。

よし村で50枚入りの便箋を3束ほど購入して、旧道をさらに西へ進むと「札の辻」に出る。府中に下りた理由のふたつ目はこれを見るためだ。
どこでも札の辻といった名称が付いている場合、大概、その辻に高札場があったからで、府中には明治の極初期に立て直したかした高札場が今もよい状態で保存されている。そして、その高札が意外に大きいことをわかる。近づいて見ると随分見上げる形で首が痛い。すもも祭を見に来た時も、ここでこれを眺めたけれど、その時などは単純に

デカいな
こんなに大きいと上のほうに掛けられた触書は読めるかあ?

などと野暮なことを考えた。そして後日、この府中の高札場を例に挙げて、おっしょさんに「上のほうに掛けられた触書は読めるものなのか」と尋ねたら、

掛けてあることに意義があるんだよ
中身なんかは紙に書かれたのが町々に回されるんだからいいんだよ

といわれたっけ。成る程ねえ。
fuchu_yoshimura
↑府中「紙よし村」の外観
fuchu_kosatsuba
↑府中の高札場
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それでは「春夏冬、二升五合」をお願いまして、皆々様の御手を拝借。

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熊さん。今のお人で何人目だい?
著者寸描(プロフィル)

浮世名詮〔うきよのめうせん〕

Author:浮世名詮〔うきよのめうせん〕
東西東西~。
さて、これより語りまする者はその名を「名詮」と申しまする。

性格は可成ふざけて居りまして、朝イチから行動すればよいものを、昼も過ぎ、夕闇の濃くなる頃から東都のあちらこちらへ出没し、状況に応じて色々な人物を演じ分ける素ッ惚けた根無し草。

まあ、気楽に気楽にお付き合い下りまするよう、隅から隅まで、ズズいっとお頼み申し上げまする。

先づは

乍憚口上
乍憚口上」つづき
乍憚口上」むすび

を一読下さりまするようお願い申し上げまする。

千穐萬歳大入叶

熊八ブログをケータイしておくれっ
ちょいと、そこのお前さん。無視していくんじゃないよ。めうせんの「熊八ブログ」がケータイでも見ることが出来るっていうじゃあないか。おや、知らない?まあ、この人はなんて野暮なことをいいなさんのかねえ。
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