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例祭

朝9時、ケータイのアラームで目が覚める。が、めうせんさん、布団のなかで少しくうだうだして、ようやく9時30分に起きる。
玄関を開けて空を見あげれば、すっきりと澄み渡る秋の色気がある。

よし!

とつぶきやくも、迷いがひとつ。

半たこにするか、股引にするか、それで地下足袋の色も変わるなー

今日は、2年ぶりの祭礼である。
陰祭は毎年行われているのだけど、去年は、丁度、台風だか秋の長雨だかで、午前中に早々と中止が出た。その日の昼前後からすっかり晴れ渡り、午後からでもできるんじゃないかと期待した。しかし、朝イチの中止命令はくつがえることなく、去年はお流れとなった。だから、2年ぶりの祭礼である。

今日の最高気温は27度。

実に丁度いい感じの気温だ。そうとなれば、半たこでも問題ないのだが、今年は例年よりも早く朝晩に涼しさを感じる。めうせんさん、必ずしももう若いとはいえない年齢だから、体のことを考えると、ギリギリまで半たこか、股引か判断をくだしがたいんだ。
そこで、こういうときは別のことを先にやろう、うん、軽く腹に入れておいたほうがいいだろうと、昨日の夕方、肉屋で買ったカニクリームコロッケ2つをあたためなおし、かぶりつく。今日の昼飯は抜きだから、というか、御旅所ごとに振舞があるから、そのときに備えた腹具合の調整だ。
カニクリームコロッケを食べ終わり、シャワーを浴びて、すっかり体を洗い清めると、

よし!股引にしよう

と決めた。昨晩から用意しておいた、蝋纈染めのダボに手をとおし、股引を穿いた。地下足袋は股引にあわせて、藍色のものを取り出し、雪駄をつっかけて、祭りに向かう。途中、行きつけの飲み屋の自宅に預けておいた半纏を借り出し、雪駄から地下足袋に履き替えて、

いざ、祭りへ!!!

合流してみると、9割5分がたが半たこ。そりゃ、そうだ。これだけいい天気だし。半たこのほうが楽にきまってる。だから、股引姿のめうせんさん、若干目立ってる。しかも、めうせんさんの股引がまだ藍枯れしてないから、余計にね。

あー、やっぱ、半たこにしときゃよかったかな

とも思ったが、仕方ない。
ま、それはいいとして、いやあ、2年ぶりの祭りなもんだから、めうせんさん、少し張り切りすぎちゃったね。ホントは、慢性的に腰のようすがよろしくないから、あくまで、囃し立てメインにしようと思ってたんだけど、無理矢理召集されている若い連中があまりにダメダメだったせいもある。見てると、

これじゃあ、あっという間にヘバるぞ

という感じ。

このコ、もういっぱいいっぱいだな

と思うと、その若いアンチャンの肩を叩いて、

代わってあげるよ

というと、若い子の抜けるが早いこと早いこと。そんな状態なもんで、いつもより多く

肩代わり

してしまった。ただ、なかにはコツをつかむのが早い若い子もいて、そういう子とは、足のリズムも揃うから担ぎやすい。そのひとりなんかは御旅所に到着して、一本で締め終わるたびに、

お疲れ様でした

と握手してきた。もっとも、この握手をしてきた子は、計算高いのかもしれない。というのも、めうせんさんが担いでいると、いつの間にか、その前後で入れ替わったかして、御旅所で神輿をおろして、ふとみるとそばにいる。めうせんさんの周りなら担ぎやすいかもと思われていたのかもしれない。
ま、そんなこんなで、今年の祭りでは大分に担いだけど、半纏のしたに折りたたんだ手拭を肩にかけて保護していたおかげもあってか、それほど肩が腫れることもなかった。(だけどね、今にして思えば、手拭じゃなくて、セームのほうが保水性、クッション性の面からみてもよかったかもしれない。来年は、セームにしよう・・・)
ただ、あくまで、

それほど

であって、祭りのあと、汗を洗い落としに風呂屋へ行き、脱衣所の鏡で肩をみるとやっぱり打ち身にはなっている。もちろん、熱ももっている。だから、ひとっ風呂浴びて、アルコールも適度に抜けると、肩を中心に

ズシンッ

と体が重くなる。そうなることは毎度毎度のことだから、百も承知なんだけど、やっぱり神輿を担ぐというのは、この体が一気に重くなることも含めて、めうせんさんにとって特別な行事だったりする。

祭りが終わると、東京もいよいよ秋の到来である。
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テーマ :
ジャンル : 学問・文化・芸術

寒い夜には

久し振りの更新。なにも言い訳しません。いつものことです。
2月ももう終わりだというのに、寧ろ、これから3月に入ろうという頃になって随分と寒さが厳しい。
そんななか、おっしょさんが明日から一泊二日で京都へ行く。
例年ならば、2月は息抜きで僕も京都へ遊びに行くところなんだが、去年の暮くらいから色々と用事が詰まっていて、兎にも角にも目の前にある用事をひとつひとつ着実に仕上げていかなくてはならないから、2月の京都旅行は取り止めることにした。
僕は取り止めたが、おっしょさんは京都へ行く。宿も僕の定宿を手配し、オススメ観光スポットとグルメスポットも作成してあげた(ちなみに僕のオススメは「尊勝院」だ…といっても、土地の人でもない限り、そうは知られていない寺で、ガイドブックにはまづ掲載されることのない寺だ)。これで楽しめなかったとしても、それは僕の責任ぢゃあない。
さて、冬の京都から拡大解釈して、冬の定番料理を考えると矢張り

鍋もの

だと思う。石狩鍋、しょっつる鍋、きりたんぽ、あんこう鍋、ねぎま鍋、さくら鍋、水たき、すき焼き…最近だとカレー鍋なんていうものもある。が、まあ、冬は鍋ものの宝庫だ。
数ある鍋もののなかでも、王道なべのひとつは、なんといっても

湯豆腐

だ。この湯豆腐といえば、

絶景かな絶景かな。春の眺めは価千金というが、小さい小さい。

と「楼門五三桐」の石川五右衛門が科白でお馴染みの京都南禅寺のものが超有名だが、湯豆腐食べたさで、流石に京都まで行ってられない。
それでも寒月の下、家路へ向かう道すがら、無性に湯豆腐が食べたくなることがある。そして、熱燗を一本つけて、

うまい!!

と叫びたくなる衝動に駆られることがある。
そういう時は、途中下車して千住「うさぎ家」に向かってしまう。家で作ってもよいのだが、矢張りプロの作るそれが食べたくなるんだ。だから、店主に我が儘を言って作って貰う。
我が儘…そう、うさぎ家のメニューに「湯豆腐」はない。けれども、常連客だけの隠しメニューというわけではない。ただ、書いていないだけだ。言えば作って貰える。うさぎ家はそういう融通の利くよい店なのだ。こういう店だから、僕なんかも大事にしている。
話を戻そう。うさぎ家の「湯豆腐」は昆布と豆腐だけの頗るシンプルな湯豆腐だ。勿論、それが一番美味しい湯豆腐の食べ方なんだけれども、口寂しい時は葱を刻んで貰う。ほかはいらない。湯豆腐は豆腐がメインなんだから、入れて葱までだ。これを薬味だけで味わう。ポン酢もいらない。

寒月の下ですっかり冷え切った僕を温かい湯豆腐が出迎えてくれる。湯気から微かに昆布の香りが漂う。そして、合間合間に飲み干す酒…想像してご覧よ、これぞ

鍋の王様

と言いたくなるんじゃあないか。
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↑千住「うさぎ家」の湯豆腐

居酒屋あれこれ

彼女のことは最初、「襲紅紫〈かさねのこうし〉」と名付けて書き進めようと思ったが、

私はその人を常に「染姐〈そめねぇ〉」と呼んでいた。だからここでもただ染姐と書くだけで本名は打ち明けない。

ということで、矢張りいつも呼んでいる名前のほうがよいだろうと勝手に思う。
染姐は「ワインと薔薇とチーズ」に満ち足りた暮らしを桃花源としていて、実際にワインも薔薇もチーズもそれなりにあるにはあるのだが、桃花源には程遠いようだ。世の中そんなに甘くはないってことだね。
染姐とは月イチ若しくはふた月に一度くらいの割合で呑んでいる。女性に対して「酒はイケる口」という言葉が褒めているとは思わないが、まあ、なかなかに嗜むひとだ。ただ僕と呑む時は度を越すことはなく、どうやら自分の限度というものを心得ているらしい。
そういう意味では明治の女流作家・長谷川時雨に似ている。確か彼女は厳格な家庭で育っているのだが、唯一、酒だけは父親も可成り甘くて、幼少の頃から鍛えさせられたらしい。母親も社会に出た時、粗相しないように今のうちから自分の呑める量を知っておくべきだということで、五月蝿くいわなかったという。なんだかなあとは思うが、間違ってはいないな。
さて、話を戻そう。
染姐と呑む時は地元の居酒屋が多い。それも駅前などを拠点にしている大手の居酒屋ではなく、個人経営で静かに飲ませてくれるところだ。そういった静かに呑める居酒屋は大概、染姐が前以て探してきてくれる。地元の呑み屋に関しては、僕などよりはるかに、

目鼻が利く

ひとなのだ。例えば僕が気に入っている千住の「うさぎ家」などは彼女からすれば、

やっと知ったの

というところだ。それほどまでに地元の呑み屋に関しては彼女のほうが上手で、その上、選んでくる店にハズレが少ないというのも流石だ。尤も過去に二、三軒は失敗したこともあるが、それはそれでお互い「よい勉強になった」というもので、そういう時は一軒目を適当なところで見切りをつけて引き上げ、別の店で呑み直せば済むことだ。
染姐に薦められた店で印象深かったのは千住の「萌蔵」だ。その店は千住のなかでも可成り露地裏にあって、人がすれ違うのもやっとというくらい細い露地を進んだところにある。まさに、

こんなところに呑み屋があったのか

と思えるほどだ。
その萌蔵は昔乍らの町家を呑み屋に改装しており、店内は若干の悪趣味も含めた民芸調のディスプレイで統一されている。食器も伊万里だの印判だの所謂骨董品を使っているが、決して質のよい伊万里や印判でないため、貫入していたり口が欠けていたりするが、それは愛嬌ということにしておこう。まあ、柳宗悦も「用途の美」といっているように食器は使ってこそ栄えるものだから、貫入もまた味わい深いものだと思うようにしよう。
萌蔵で出す肴はどれもよい。流石は染姐が薦めるだけはある。なかでも風呂吹き大根は格別で、大根のなかを少し刳り貫いて玉子を出しで溶いたのを注ぎ、も一度蒸し上げてから白髪葱と三つ葉を添えて供される。要は風呂吹き大根を器に見立てた茶碗蒸しだ。これが日本酒と非常に相性が良く、熱々のところをハフハフと息を吹き掛け乍ら頬張るともう堪えられない。
それと竹ノ塚の「旬菜話食・茶の間」もよい。バス通りに面しているそれは僕も染姐も以前からそこに構えているのを知ってはいたが、入口をレンガ塀で鍵形に囲んでいる上に間口の狭さもあって、なかの様子が伺えず、一見すると入り辛そうな感じも受ける。
しかし、いざ入ってみれば店内は至極明るく清潔な感じで、家庭的な雰囲気をよく醸している。最近流行りの照明を落として隠れ家のようなムードを作る店もよいが、この店のように明るくても静かに呑める店もよい。この店はよい酒を出し、料理もたっぷりとしている。また、食後のデザートもなかなかイケる。彼女の話によれば、

板場を預かっている一人は元パティシエらしい

という。これを聞いたからとて板場を一生懸命に切り盛りしている男衆を見遣って、

一体、誰がパティシエだったのか

などと野暮な詮索は無用のことだ。要は注文したデザートを食べてみてよければそれで十分なわけよ。そして、僕にはここのデザートはイケる。ただそれだけのこと。
二人であれこれと話しながらよい酒を呑み、たっぷりとした料理を食べ、口直しに食後のデザートを平らげると、軽く2時間は過ぎてしまう。その2時間が「あっ」という間に過ぎるほど、実に居心地がよい。
そして、驚いたのは価格が実に良心的ということだ。二人で鱈腹呑んで食べてで勘定をして貰ったら、その値段に、

ほぉ

と驚きの声を漏らしたほどだ。これは僕が口で説明するより実際を見たほうがよいだろう。
そういえば書いてて思い出したが、竹ノ塚といえばもう一軒、沖縄料理の「ゆくい」もよかった。ここの「ゴーヤーチャンプルー」はたまに食べたくなる。出来立ての熱いところをざっくりと摘み、採皿など使わず、そのまま一気に頬張ればゴーヤーの苦味と沖縄豚のベーコンの旨味が口一杯に拡がる。これに泡盛のひとつでもやれば、もう堪えられない。
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↑北千住「萌蔵」の外観
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↑萌蔵の「風呂吹き大根」
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↑竹ノ塚「茶の間」の外観
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↑茶の間の「季節のプリンと黒ゴマプリンの黒蜜がけ」
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↑同「ゆくい」の外観
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↑ゆくいの「ゴーヤーチャンプルー」

千住「うさぎ家」3

芝居が跳ねて外に出る。5時間弱の長丁場は流石に疲れた。結局、幕間は色々とあって行きがけに買った弁松の「白飯二重弁当」は食べ損ねたため、すっかり腹が減っている。この弁当はあとで家人の胃袋に収まることだろう。
演舞場を出たのはもう9時になろうかという頃。呑み屋ならまだしも、軽く食べるような店は時間的に閉まる時間だ。仕方がないので銀座で食べるのは諦めて、取り敢えず地元に戻ろうと地下鉄に乗る。乗ってから少しして、

何を食べよか

とあれこれ考えていたら、突然、

カレー

が頭に浮かんだ。しかし、食べようにも地下鉄に乗ってしまったし、時間も遅いし、この時間でカレーを食べようとしたら精々ファミレスかフランチャイズの店くらいしかない。ということでカレーは断念することにして、ほかに何かあるかなと考え直していたら、今度は今し方観ていた芝居のなかで法界坊が三囲土手の場で夜鳴蕎麦を食べているシーンが頭に浮かび、

蕎麦もいいなあ

と思うようになったわけだが、これも時間的に厳しい。そこへどうもカレーのことが頭の片隅に残っていたかして、本能的に

蕎麦…
カレー…
…カレー南蛮

カレー南蛮が食べたい

実に安直な連鎖式が展開してしまった。しかし、こうなると人間っていうものは無性に無理そうなものに固執したくなるところがあって、ご多分に漏れず僕もその状況に陥った。カレー南蛮が食べたくなって矢も盾も堪らないわけだ。

そういや、うさぎ家はカレー南蛮もやってたはづだ

と思い出し、北千住駅で下りるだけ下りたのはよいが、一抹の不安が頭を過ぎる。土曜日だとはいえ、今はGW真っ最中。個人営業の呑み屋がこの時期にやっているかが問題だ。しかし、もう下りてしまったということで、

ままよ

と東口を脇目も振らずに線路沿いの裏道からうさぎ家へ向かう。
裏道を途中で曲がり、商店街へ出ると遠目にうさぎ家の軒先にライトが煌々と点っているのが見えた。

しめた!

これで取り敢えず何か食べられるわけだ。そう思うと少しく安心して、残りの道程を歩む速度がゆっくりになる。
引き戸を開けてなかの様子を伺うと、流石に時期的にも時間的にも客はカウンタに一組の中年男女だけだ。僕も早速カウンタに腰掛けて、まづレモンハイを頼む。そして、メニューにカレー南蛮があることをちゃあんと確認すると、

カレー南蛮そばをひとつ

と注文した。
レモンハイで一服し、うさぎ家の妻女と四方山話をしていると程なくして、待望のカレー南蛮が出てきた。昨今、「かけそば」にレトルトカレーを掛け回しただけという感じのやらずぼったくりな酷い蕎麦屋があるなかで、ここのそれは呑み屋でありながら、ちゃあんとダシで溶いて作るカレーのため、実によい。これに七味を振り掛けて熱いのをハフハフと息を吹きかけ冷ましつつ、蕎麦を手繰るとなんとも堪えられない。程よい辛さに七味のぴりりとした刺激が相俟って、またそこに熱さも加わるから、食べているうちに自然と額に汗が滲み出てくる。この汗が実に快い。
汗をかき、合間合間にレモンハイをやりながら蕎麦を手繰っていると、店の妻女が

ウチのお客さんでね、呑んだ〆によくこれを頼まれる方がいるんですよ
それでね、蕎麦を食べ終わると今度はこの汁でご飯を召し上がるんですよ

というから、僕も

そりゃあ、わかる気がするなあ
この汁で雑炊みたいにして食べたら呑みの〆にはよいだろうね

と相槌をうち、綺麗に蕎麦を平らげれば、妻女が

お客さんもどうです?
ご飯、装いましょうか?

と聞いてくる。馴染みになる嬉しさはこういうところにあるね。ことあるごとに書いてきたが店が客を大事にしてくれる。そして、茶碗一杯のご飯を受け取ると、これを汁のなかに静かに落とし、少しずつほぐしながら食べれば、少食になりつつある僕でも、不思議とするするお腹に収まってしまった。
すっかり平らげてから、もう一杯レモンハイを頼み、店主や妻女と一服しながら四方山話に花を咲かせていたら、時計は11時をとうに廻っていた。もう、よい時間だと店を出た。
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↑うさぎ家の「カレー南蛮そば」

千住「うさぎ家」2

久し振りに仕事帰りの外食。春の気候を指して「三寒四温」とはいうがそれは日中だけのことで、夜になるとまだまだ寒い。こういう時は一杯呑みたいものだ。そこで帰り道に途中下車するとなると、住んでる土地柄、どうしても「千住」か「梅島」に限られてしまう。
たまには梅島の「泰山」で熱い水餃子を肴に一杯と行こうかとも考えたが、

「うさぎ家」で食べるのもよいな

と思うと、なんだか無性にかき揚げが食べたくなり、ひょいと千住で下りる。風が冷たいから足早に東口を商店街の外れへと急げば、軒先を煌々とランプが点っている。磨りガラスの戸に手をかけて、ちょいとなかの様子を外から伺うと、うっすらと人影が写っている。

今日は結構、繁昌してるようだが、大丈夫かな

と思いながら開けると案の定、カウンタは二組の先客があったが、取り敢えず店主に様子を聞いてみれば、一人分空いてるからと席を勧めてくる。二組の客も自然と席を広げてくれるのは、矢張り人情の通った土地柄とでもいうべきか。
ここで出すものはどれもたっぷりとしてて、しかも安い。基本的には居酒屋だが、懐が寂しい時でもここなら十分に満足のいくものが食べさせてもらえる。また、旬のものもよく取り揃えてあって、店主の気の遣い方に流石の一言だ。「かき揚げ丼」を待っている間、レモンハイを一杯やっていると、用事で外に出ていたらしい妻女が戻ってきた。

あら、お兄さんお久し振りだねえ
ウチの店をご贔屓にしてくれてありがとうねえ

まだ二度目だというのにしっかりと顔を覚えられている。そこで、ふと、

なんでこうも顔が割れてるんだよ

清澄氏の言葉が頭を過ぎった。別に目立ったことをしてるわけじゃあない。ただ普通に店に入って、食べて、話の好きな店主であれば、少し語らうくらいしかしていないのだが…
少しして注文した「かき揚げ丼」が出てくる。相変わらず、かき揚げが大きい。出てきたの手に取って、

相変わらず、凄いボリュームだね
食べられるかな

といえば、店主がニヤリと笑う。
早速とばかりに、七味と塩を少し振り掛けて、熱々のうちにかき揚げ丼を掻き込む。下に敷かれたご飯に掛っている濃い目のタレがかき揚げとよく合うから、ひと口ふた口と進んでしまい、食が細くなりつつあると思う僕でもペロリと平らげてしまった。先程の店主の笑みは、きっとこれを見越してのものだったのだろう。
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↑うさぎ家の「かき揚げ丼」

千住「うさぎ家」

ちょいと忙しくて、なかなか寄り道する機会がなかったが、今日は定時で上れたんで、寄り道しようと途中下車する。
北千住西口の東急ハンズでバッグを物色するも、これといった食指の動くものが見付からなかったため、さっさと退散。時計を見ると7時20分を過ぎたところだ。「よし、それなら」と東口に移動する。
北千住の西口は旧宿場を擁している上に、駅前の再開発が成功して、昔ながらの古びれた街並みと近代的な建物とが渾然一体となっている。
いうまでもなく、千住は江戸四宿のうち、日光道中第一の宿場で、隅田川を挟んで北側が大千住、南側が小千住だ。その繁栄たるは品川に次ぐといってよい。尤も、おっしょさんに言わせれば、ダントツ1位が品川で、あとの三つ(千住・新宿・板橋)は団栗の背比べ。暫定2位が千住だとこき下ろす。といってもこれは女郎買いの話で、おっしょさんは、

吉原や深川で遊び、品川の旨い魚にも食べ飽きたヤツが、たまには下手物でも食べに行くかっていうのが千住なんだよ

という。そこで僕が、

それでも品川に次いでるんだからマシでしょ

といえば、

お前ね。新宿の馬糞臭え女郎や目鼻さえ付いていれば何でもいい板橋と比べてどうするんだ。馬糞臭えのと争って、勝った負けたいうのも哀しいヤツだね。大体、江戸の頃は勝ってても、今の新宿とじゃあ歴然の差じゃねえか

とやり込められてしまう。
そのこき下ろされる千住もさらに東口ともなると、線路を挟んで「こうもまあ、対照的な」と思えるくらいひっそりとしている。西口のようなネオンがキラキラしていないわけよ。駅前からして仄暗いんだが、断わっておくけど、この暗さは閑散としているっていう感じの暗さじゃあないよ。緩やかに成長してるような、してないようなのんびりとした感じとでもいえばいいかな。みんな自分のペースで歩んでいるような感じだ。この東口のメインストリート(本当はメインストリートとも呼べないが、今回は東口の肩を持つっていうことで、敢えてメインストリートとしておこう)を少し行き、左に曲がって荒川のほうへ進むと次第に店も疎らになり、商店街らしい雰囲気も消えて住宅街へと替わってくる。丁度、その辺りに天ぷらの「うさぎ家」がある。この店は以前、東口をブラブラと散歩していた時に、偶然見つけたんだが、その時は外にも用事があって立ち寄ることができなかった。そこで今回こそはと向かう。
店は棟割長屋の一軒で見るからに鰻の寝床な感じがする。こういう店は大勢の客を次から次へと捌くような店ではないから、

予約したほうがよかったかな

と一瞬思ったが、もう店の前だしということで

エイ、や! ままよ

と入る。店内は想像していた通り鰻の寝床で、手前にカウンタ、奥に申し訳程度の上がりがある。それでも10人も入れば目一杯だ。カウンタに入ると「かき揚げ定食」を頼む。出てきた「かき揚げ」を見れば、その重量に驚くし、主の気前のよさが十分に伝わる。ちょっと懐が寂しい時も、ここなら定食だけで十分満足だ。

蕎麦屋の天ぷらっていうのは衣を食べさせるんですよ。ウチは衣じゃなくて身を食べさせようと思って作っているんです。

とは主の言葉だ。その言葉通り、具沢山のかき揚げを見た時は、

まさかこんなに大きいとは、食べられるかな

と思ったが、食べてみると小食になりつつある僕でもすんなり腹に収まった。どうもこの店の天ぷらは、外の天ぷら屋が使う粉とは種類が違うらしい。なんでもお菓子用の粉を使ってると主はいう。そのため、大きなかき揚げにも拘わらず、食べていてもたれる感じがしない。これは粉もさることながら、よい油をたっぷり使って、丁寧に揚げているからだろう。
この店の主は実に気さくな人柄で初回の僕にも普通に話してくる。
この雰囲気がいかにも人懐っこいというか、隔てを作らない川北・川東一帯の特徴だ。尤も生まれは竹ノ塚で、この店は始めてから、まだ20年ちょいと主はいう。しかし、この時勢、興没が激しくて、20年でも既にこの辺りでは中堅どころの店となっているようだ。
すっかり平らげて、レモンハイを片手に一服しつつ、気さくな主との食べ物話は尽きることがない。ついつい時間が経つのを忘れてしまう。支払いを済ませて店を出ると、どうやら雨が降ってきたようだ。「満足、満足」と思いながら、足早に駅に向かって歩き出す。
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↑千住「うさぎ家」の外観
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↑まづはレモンハイと付出で出来上がるのを待つ
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↑うさぎ家の「かき揚げ定食」

西新井大師「かどや」

所用で西新井へ行く。行ったついでに少し足を延ばして西新井大師も参詣する。
西新井大師は関東厄除け大師の一寺で、正しくは「五智山遍照院総持寺」という。その昔、弘法大師がここら辺りを歩いていたら、村人が疫病で苦しんでいて、「こりゃいかんね」と観音の仏像を作って一心に祈祷すると、祈祷堂の西側にあった枯井戸から新たに水が湧いた。その湧水を早速、村人に呑ませたら、「あれ、ま」と忽ち疫病が治ったという。聖人にはどうしてこの手の伝説が多いのかね。まあ、兎に角、お堂の西側にあった井戸から新しく水が湧いたから「西新井」というそうだ。
江戸時代になると、位置的にちょっと郊外の寺という感じだが、信仰は厚かった。その理由は、この大師堂が罹災する度にちゃんと復興するから「火伏せ」にご利益があるということで「火伏せの大師」として人気があったわけよ。となれば、当然、ここの「火伏札」も頒けて貰ったんだが、よくよく考えると、

罹災から復興。火伏せの大師って罹災するということだよな。それも何度もあるっていうのは、ご利益としてどうよ

と不信心な疑問が頭を過ぎる。いけねえな。
さて、折角、大師を参詣したんだからということで門前町の「かどや」に寄る。「かどや」は昭和のはじめから続く店で、当初は大師の門前ということもあって、参詣者向けの花屋だか青果屋だかだったはづだ。それが戦後になって食堂として装いを新たにしたわけだ。
表に大きく掲げられた「かどや」の看板文字が一際目を惹くが、この看板文字も、今じゃ書き手が殆どいないんじゃあないだろうか。千住の団子屋「槍かけだんご」、関原の呉服屋「ひらさわ」とともに、この手の看板はもはや絶滅寸前といってよい。
この店は昔ながらの食堂そのものといった感じで、壁には短冊に切った紙に手描きの品書きがズラーッと貼ってある。以前、幼馴染の女性と食べ歩きの話をしてて、

「かどや」のラーメンで十分よ

と聞いていたので、早速、頼む。品書きには単に「らーめん」とあるんだが、店員が厨房に回す時は「中華」と頼むあたりが、古風な感じを受けるのは、それだけ今の生活から、

中華そば

という言葉が消えたからだろう。
かなり朧気な記憶だが、僕がまだ小さい頃には確かに、街中にあった多くのラーメン屋は、ごく当たり前のように軒先へ赤地に「中華そば」の文字が白抜きされ暖簾を架けていたように思うが、どうだろう。それが今じゃすっかり、ラーメン屋もモダンな雰囲気の漂う店に様変わりしていることが多く、暖簾も店同様に、オリジナルのなかなか凝ったデザインのものが架かっている。

あの赤地に「中華そば」と白抜きされた暖簾は、やがて時代の遺物と化すんだろうなあ。

と思ったり、思わなかったり。
まあ、「昔はよかった」という懐古趣味に走る気はないし、それは僕の性に合わないから、脱線はこの辺で切り上げよう。
一服していると、ラーメンが運ばれてくる。いかにも昔ながらのすっきりと透き通ったスープのラーメンだ。薄く切ったナルトとチャーシュー、メンマ、葱。たったそれだけの極めてシンプルなラーメンに胡椒をたっぷり振り掛け、ズズーッと手繰り込む。今日は一日中、轟々と西風が音を立てて吹いていたため、すっかり身体は冷え切っていたんで、ハフハフしながら食べるラーメンは身体が温まって実によい。スープまで全部飲み干すと身体は温かさを取り戻したようだ。「ごちそうさま」と声をかけ、支払いを済ましてガラス戸越しに外を覗くと相変わらず、風は強い。火伏札も買った。お腹も満たされた。身体も温まった。ということで、「よし」と気合を入れて、また、夕方の街中へと出た。
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↑西新井大師山門と遍照殿(本堂)
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↑大師門前「かどや」の外観
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↑かどやの「らーめん」(中華)

梅島「泰山」2

4日間連続して一日あたりの睡眠時間が3時間以下だと流石に仕事に身が入らなくなってくる。行き帰りの電車で只管に寝て、少しでも睡眠時間を増やすしかない。こういう時、片道1時間半(うち、1時間乗車)の通勤時間は助かる。しかも行きは下りで帰りは上りっていうのは車内がガラガラで静かだ。ぐっすりと眠れる。まあ、たまに運悪く元気なオバちゃん達が乗ってきて、隣でデカい声でペチャクチャやられると、折角、静かで快適な車内だったのに、オバちゃん達の声が耳に入り、寝たくても寝られなくて閉口するが。
今日は行きも帰りもしっかりと車内で爆睡できた。帰りの電車では乗換駅の一駅手前で目が覚めたから、

さて、今夜は何を食べよ、か

と考える。すぐには浮かばない。こういう時は決まって途中下車する。ダラダラと「あーでもない、こーでもない」と考え抜いてるうちに、いつの間にか最寄り駅に着いてしまうからだ。そして、そういった考えがまとまらない面倒臭い時の途中下車は大抵、梅島駅だ。ここには「梅華」と「泰山」があるからだ。駅に下り立つと、もう腹は決まってる。

今日は「泰山」にしよ

駅前の旧日光街道を右に直進する。途中に漫画本を主体に古本を手掛けている大手メーカー〔B〕があり、その前を通り過ぎようとして、

そういえば寝しなに読む本がなくなったなあ

と思い出し、泰山に行く前に寄る。105円均一棚の文庫本を物色して面白そうな本を取り敢えず3冊ばかり買う。

種村季弘著『江戸東京《奇想》徘徊記』(朝日文庫,2006年7月)
『昭和天皇独白録』(文春文庫,1995年7月)
全国歴史散歩シリーズ30『和歌山県の歴史散歩』(山川出版社,1978年7月)

漫画本を主体にした大手古本メーカーは、文庫本の価値を軽視してるから、良くも悪くもこういう掘り出し物が出てくる。もっとも、その反面、売れている漫画以外の価値しかわからないから、べらぼうな値段を付けてて驚かされることもある。この前も、ここの〔B〕ではないが、別の店舗で池波正太郎の絶版でもない定価400円程度の文庫本に「300円」という値札が付いてるのは唖然とした。まあ、それはいい。話を戻そう。

「泰山」に入ると、夜飯の丁度よい時間にもかかわらず、珍しく空いている。駅を下りてから、今日はご飯ものにしよと決めてたんで、カウンター席に座ると「カニ炒飯(蟹粉炒飯)」と「水餃子」を頼む。できるのを待っている間に一服しながら、今し方買ってきた文庫を適当に取り出すと『昭和天皇独白録』だった。パラパラとページを捲ってるとカニ炒飯と水餃子が運ばれてくる。
泰山はご飯ものがいづれもよい。恐らくこの店オリジナルの調味油が僕の好みに合うからなんだろう。程よい濃さに味付けされたカニ炒飯の小山を手前から少しずつ崩しながら食べる。また、この店は熱々の水餃子もよい。塩味の効いたスープのなかに浮かぶ餃子と野菜の上へ多めにラー油を掛け回し、ガブっと食べる。熱さに口からホ、ホ、ホと白い湯気を吐き出しながら、少しずつ飲み込むようにして食べるのがよいのだ。炒飯と水餃子を交互にすっかり平らげて、一服すると「満足、満足」って感じでよい心持ちだ。「ごちそうさま」と支払いを済ませて外に出た。息を吐けば白く出るが、思ったほどに寒いとは感じない。「今日は昨日よりは幾分暖かいようだ」と来た道を梅島駅へ戻る。
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↑泰山の「カニ炒飯(蟹粉炒飯)」と「水餃子」

梅島「梅華」

今日は國學院大學博士課程の院生が仕事の手伝いに来る。土産ってことで図録を貰う。

「國學院大學所蔵の牛玉宝印」(國學院大學神道資料館,2004年3月)

図録の説明はわかりにくいとこもあるが、オールカラーっていうとこはよかった。これで牛玉宝印について益々興味が出てきた。
仕事を終え、駅で國學院の院生と別れると車中では爆睡。ここのところ色々あって睡眠時間が以前に増して少ないのだ。これも10年来の夜型生活がいけないことくらい頭ではわかってるんだが、体がいうことを聞かない。改善しないととは思うんだが、あくまで思うだけだ。
深い眠りから目が覚めてもまだ乗換駅じゃあない。こういう時は通勤時間が長いっていうのは助かる。しかも帰りは上り線の上、ダイヤ改変されてからは始発になったんで、間違いなく座れるっていうのもよい。
目が覚めると考えることは、

今晩の飯は何にしよ

ということだ。腹の空き具合からすればガッツリ行けそうな気もするが、最近の僕は一時期に比べて随分と食べる量が減った。そのため、行く店も随分と限られる。テレビの特集とかでやってるような「特盛り」とかは見てるだけで、胃がおかしくなりそうだ。よくもあんなに食べられるもんだと感心する。まあ、その分、呑む回数が増えてしまって、困ってるっていっちゃあ困ってるんだが。

今日は取り敢えず「梅島」で下りよう

と決める。梅島駅を下り、目の前の旧日光街道を右に進もうとして足が止まった。下りた時から決めていた「泰山」の看板が遠目に見て暗い。

もしかして、今日は定休日だったか

徒労に終わりたくないんで、直ぐ様、変更して駅の目の前にある「梅華」に入る。駅の改札からなら、斜め右に見て30歩と歩かないだろう。それくらい梅島駅の目の前にある。
「梅華」は高校時代、土曜日に授業が終わるとよく行った店だ。大学に入るとすっかりご無沙汰してしまい、それからは随分と行く機会がなかったんだが、ここ数年になって、また通うようになった。昔と全く変らない。変ったのは店主が若くなったことくらいだろう。確か高校の時分に通ってた時は爺さんがやってと思うんだが、それも今じゃ朧気な記憶だ。
この店はなんといっても「ヤキソバ」がよい。腰のある麺がソースと実によく絡んでいる。家庭で作ろうと思っても、矢張りあの味は出せない。そこは街の中華料理屋といえどプロだからだろう。勿論、ヤキソバばかりではない。この店の料理はいづれもたっぷりとしている。ラーメンにしても運んでる間に汁が零れるんじゃあないかと思うくらい、目一杯入ってる。今日は外が寒いこともあって、体が温まるものを食べようとヤキソバを止めにして「味噌ラーメン」にしたが、これとて、もやしが堆く盛ってあり食べ応えある。
しかし、まあ、店の片隅で、味噌ラーメンにラー油をかけ回し、胡椒をたっぷり振ってハフハフ、ズズズーッと食べながら、貰った牛玉宝印の図録のページを捲ってるなんぞは「行儀が悪い」って怒られそうだが、こういう癖っていうのはなかなか治らない。
すっかり食べたが汁は流石に飲み干せず、半分ほど残す。
支払いを済ませて店を出ると目の前は駅。身体も温まり、いい心持ちになって寒空の下を少し歩くのもよいが、寒さに体を屈めることなく駅に着くっていうのもよい。
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↑梅島「梅華」の外観
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↑たっぷりとした梅華の「味噌らーめん」

梅島「泰山」

梅島というところは旧日光街道を中心にして南北へ伸びた地域で、非常に雑多な町だ。昔ながらのゴチャゴチャした感じが残ってて、悪く言えば川北・川東らしい泥臭い町だ。とてもじゃないが洗練された雰囲気なんかはありやしない。駅前からすでに狭小住宅が軒を連ねてて再開発のメスなどは入る隙がない。そのため、昔ながらの店が今なお健在で、仕事帰りにはよく立ち寄って酒飯することが多い。
今日もそれで、帰りがけに本屋へ寄ると、

「東京人―特集・たてもの保存再生物語part2」(都市出版,2007年2月号)

が面白そうなんで買い、どこか適当な場所で飯でも食べながら読もうと、梅島で途中下車した。駅の改札を出ると目の前に旧道が左右に走っている。これを右に曲がって進む。こういう駅は駅前がロータリ化してないため、それほど広範な地域発展はしない。少し歩くと随分薄暗くなる。その薄暗くなるあたりにポツンとあるのが中華料理屋の「泰山」だ。
「泰山は」間口が広く奥行きがないといった、いかにも土地の狭いところに見られる店で、申し訳程度に用意されたテーブル席が一つとあとは間口にあわせて、これまた長いカウンタばかりの店だ。
余談だが、あとでこの間口が広くて奥行きがない建物の構造を某大学で建築を学んでいる学生に「うなぎの寝床」に対してなんというのかと聞いたら、

「90度回転して見て…「うなぎの寝床」かな?なんとなくだけど」

っていう楽しい回答が返ってきた。
この店ははっきりいって、当世流行のWスープだの、背脂なんちゃらだの、ナントカ系のオリジナルラーメンを売り物にしてる店ではなく、街中のごくごく普通の中華料理屋に過ぎない。店内は経年の油汚れで拭いても埒があかないくらいだが、それでも手の届く範囲で拭き清めているようにも思える。
「泰山」はなんといっても餡かけ系がよい。特に僕が気に入っているのは「天津丼」と「五目ヤキソバ」(什錦炒麺)で、今日は「五目ヤキソバ」にした。濃いめのダシが効いた具沢山でとろりとした餡が少し焦げ目の付けた麺によく絡み、食欲がそそられる。これにラー油を掛け回し、麺を熱々の餡に絡まして食べる。さらにビールをあわせるともう堪えられない。酒を飲みながらの食事だから分量も丁度よい。
ひょいと平らげ、食後の一服のお供に残しておいた一杯分のビールをコップに注ぎ、ふと左のほうに目をやると、土地柄から男性客ばかりと思いきやカウンタで若い二人組の女性客がビールを注ぎ、炒め物やらラーメンなどをほかの男性客に混じって食べている。こういう風景は気取りのない川北・川東一帯ならでは風景にも思える。
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↑梅島「泰山」の外観
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↑泰山の「五目ヤキソバ(什錦炒麺)」と「水餃子」
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浮世名詮〔うきよのめうせん〕

Author:浮世名詮〔うきよのめうせん〕
東西東西~。
さて、これより語りまする者はその名を「名詮」と申しまする。

性格は可成ふざけて居りまして、朝イチから行動すればよいものを、昼も過ぎ、夕闇の濃くなる頃から東都のあちらこちらへ出没し、状況に応じて色々な人物を演じ分ける素ッ惚けた根無し草。

まあ、気楽に気楽にお付き合い下りまするよう、隅から隅まで、ズズいっとお頼み申し上げまする。

先づは

乍憚口上
乍憚口上」つづき
乍憚口上」むすび

を一読下さりまするようお願い申し上げまする。

千穐萬歳大入叶

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ちょいと、そこのお前さん。無視していくんじゃないよ。めうせんの「熊八ブログ」がケータイでも見ることが出来るっていうじゃあないか。おや、知らない?まあ、この人はなんて野暮なことをいいなさんのかねえ。
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