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モードチェンジ (秋冬バージョン)

以前も似たようなことをこの頃に書いたが、季節の変わり目に必ず一度は体調不良になる。これを

モードチェンジ

と名付けていて、秋冬の場合、決まって誕生日を前後する頃に襲われる。今年も見事に襲われた。毎年のこととわかりきっているなら予防のしようもあろうと思うだろうが、そうはいかない。いかなくはないのだろうけれど、矢張り防ぐ前に襲われる。
それにしても今秋は大変だった。よりにもよって体調不良に襲われた週の土曜日は講演が一本あったからだ。この講演は

這ってでもいかなきゃあならない

おっしょっさんにもそういわれた。
だから、感冒薬を飲み背中に懐炉を貼り、身体を温かくして兎に角金曜日までに八割方快方に向かわせた。それでもなんとか講演も済ますと

ホッ

とひと安心(出来の程は聞いてくれるなよ)。
そうすると身体も厭らしいもので、急に体調が良くなり始める。喉のイガイガはとれ、肩の張りもなくなり、鼻水も緩和される。ただ、それでも着実に年齢を重ねてきていることを実感するのは、

痰の切れ

が悪くなっている。尾籠な話だが事実だ。それもすっかりよくなったのは、ここ二、三日前からだ。
そうなると人間というものは反省やら学習などというものはすっかりほうり捨てて、また不摂生がはじまる。人間は矢張りダメな生き物だとつくづく思う。思い乍らも、夜中に本を片手にまた煙草を燻らせ、ハイボールを飲む。矢張りダメな生き物だ。
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「男の手料理」という名の気まぐれ行為

12日の月曜日から家人がお茶友と二人して「サイパン」に飛んでいってしまった。予定では今夜帰国のはづだ。
家人がいなくなるということは、当然、家事もそれなりに自分でやらなきゃならないわけだ。洗濯なんぞは洗濯機に洗濯物を突っ込んでボタンひとつだからなんてえことはないが、炊事は厄介だ。
厄介という言葉の意味のひとつは単純に

その行為そのものが面倒なこと

を指す。しかし、この言葉には

普段、やりもしないことに対して妙に力を入れてしまうこと

という隠された意味がある。
そして、この隠された意味がひょんなことで一気に沸き上がってくると「男」というやつは手が着けられなくなるんだよ。例えば頼みもしていないのに薬缶の表面を磨いてピカピカにしたり、フライパンの焦げ錆を削り落としたりといったのが好例だ。おっしょさんにいわせれば、こういった行動は「男のホビー(趣味)」なんだそうだ。
いつも通りに起床して、

今日は一時間遅れの出勤だっけ

と思い乍らトーストを食み、付け合せの生ハムとカリカリに焼いたベーコンを摘む。朝刊をパラパラと捲って適当な記事を読んでいると、ふと、

そうだ。偶には昼飯は手作りの弁当を持っていこう

という考えが頭に浮かんだ。そうなると一時間遅れという時間の余裕がいけない。別に料理を作るは嫌いではないが、普段、やりもしない弁当作りに精を出してしまうわけよ。
冷蔵庫を開けると昨夜、仕事帰りにスーパーで買っておいたローストビーフとコロッケが手付かずにある。それに大量に作り置きしておいた自慢の「味付け卵」もある。
この味付け卵は京都の老舗料亭「瓢亭」の名物「一子相伝半熟鶏卵」と同じで、茹で上がったやつをパクっとやれば黄身は程よい半熟、外はプルンとした半熟卵だ。
これを更にひと手間加えて醤油、味醂、砂糖で味を調えた特製の出しに一晩くらい浸しておいたものが名詮流(と、ご大層なものじゃあないが…)の「味付け卵」で、これまで家人をはじめ、おっしょっさんや友人にも褒められた一品だ。ある友人に到っては僕が送ったレシピメールを誤って消去しないようにと大事に保護設定しているほどだ。まあ、卵で脱線はこれくらにしておこう。
冷蔵庫のなかを見て、

ローストビーフ・オン・ザ・トーストにしよ

と決めれば、あとは「ままよ」と行動するだけだ。
食パン二枚をトースターで表面がこんがりとなるまで焼くと、たっぷりマーガリンを塗りたくる。その上にサニーレタスを一枚ずつ適当な大きさに千切って敷き、軽くマヨネーズを加え、その上にローストビーフをたっぷり敷き詰める。普段、やりもしない男の手料理っていうやつは、やるからには何もかもたっぷりとしてないと面白くない。最後にスライスチーズを一枚乗せて、

せ~の…せいや!!

で勢いよく二枚を合わせる。あとは適当な紙を被せて重石代わりに皿を乗せ、パンと具が馴染むのを待っていればよい。その間に弁当箱へコロッケと味付け卵を真ん中で半分にして飾りつける。手前味噌だが、切って現れた味付け卵は黄身に程よく出しが染みているらしく、よい感じに色づいている。
頃合を見計らってローストビーフ・オン・ザ・トーストをこれまた真ん中からざっくりと切り分ければ、断面は頗るよい感じだ。
手早くラップで個別に包装して弁当箱に詰め、「いせ辰」で買った小風呂敷を使ってちょいと平包みにすれば、普段はやりもしない手製弁当の出来上がりだ。

因みに先程からローストビーフ・オン・ザ・トーストと勝手に述べているが、これが正しいローストビーフ・オン・ザ・トーストかは知らない。男の手料理なんていうのは結句そんなものだ。

季節の変わり目―秋冬

日頃の慢性睡眠不足と仕事の忙しさから、とうとう先週火曜夜に発熱する。翌日には、風邪の諸症状が現れて、ここ一週間ばかりは流石に大人しくしていた。僕の場合、春先と秋の入り口で大概、一度は倒れる。わかっているなら用心しろよと怒られそうだが、そう簡単に学習できないのが哀しい性だ。だから、周りにはこの季節の変わり目の発熱を

モードチェンジ

と勝手に名付けて説明している。詰まり、春先の場合は、秋冬仕様の体調を春夏仕様へ転換するため、秋口の場合はその反対に春夏仕様を秋冬仕様へと変換させるための試練だ、ということにしてある。
さて、そのモードチェンジだが僕の場合、倒れると扁桃腺にくるため、高熱を発し、関節の至るところがミシミシと音がしているんじゃあないかと思えるくらいに軋む。その熱さと痛さで、布団に潜り込んでも寝るに寝れない。そういう時、ふと、暗い部屋のなかでむっくりと上半身だけ起こし、

清盛入道の熱病はこういった感じだっかしらん

などと自分も高熱を出しながら考えていたりする。こんなことをいうと、

病人がよくもまあ、そんな下らないことを考えていることよ

と呆れられそうだが、こっちとしては少しでも体内に篭る熱と関節の軋みから解放されたくて、違うことを考えてやり過ごすしかないわけよ。けど、本が読めるような状態じゃあないし、だからといってよい夢を想えるような状態でもない。熱で頭は茹だるようにボーっとなっているからから、どこかでネジが切れているんだろう。はっきりいって重症だね。
それでも今週の半ばにはそれなりに体調も復調してきていたから、ということで仕事帰りに千住の「うさぎ家」で、「穴子の天ぷら」や「だし大根煮付」なぞを肴に軽く一杯呑んでいたりする。穴子の天ぷらをカレー塩に付けてさっくりと頬張ったり、鴨南蛮をもりそばにして手繰ったり、熱々の大根を箸で適当な大きさに割き、付けの八丁味噌で食べていると、

もうすぐやってくる冬に備えなきゃあならねえな
風邪引かないようにしねえといけねえな

なんて一瞬、考えたりする。散々、高熱に魘されていた男がだ。しかし、店を出る頃にはそんな考えも酒にすっかり洗い流されている。所詮、人間なんていうものはそんなもんだと諦めるのが肝要ってものだ。
今も病後の様子見とかいいながら、綿入代わりの半纏を羽織って燗にした「会州一」(会州一酒造)をちびりちびりと舐めていたりする。
senju_usagiya_dashidaikonnitsuke
↑千住「うさぎ家」の大根煮付 これを肴に一杯呑むと堪らない

秋の夜長・後日譚

山田の「へうげもの」を読んでいたら、無性に桑田の「古田織部の茶道」が読みたくなって、本棚を探したが、どこに置いたか一向に見当たらない。仕方なしに、仕事の帰りがけに紀伊国屋で購入した。
読み直して、

成る程ねえ

と思い乍ら、本を平積みにする。
既に本棚は収拾がつかない状態のため、最近、文庫本は余程の必要がない限り、平積みで済ましている。だから、どんどん本に部屋を奪われて、居住空間としての面積が狭くなっている。一層のこと、DIYセンタにでも行き、文庫本用の本棚でも買って来て組み立てればよいのだろうが、買うからには組み合わせしてでも天井まで届くような本棚にしないと冊数からして意味がない。となると、矢張り自分で作り付けした方が早いだろうが、時間的に厳しいものがある。
まあ、それは置いておいて。平積みの本の多くは書店が掛けてくれる紙製ブックカバーのままのため、中身を確認するには逐一、扉を開いて内題を見ないといけないわけよ。読み終わった「織部の茶道」を何気なくひとつの平積みの上に置いて、別の平積みから無作為に抜き出して、扉を開いてみると、

織部の茶道

ここにあった。散々、どこを探しても「ない」と思って、諦めて買い直したのに読み終わって直ぐに見つかるこの

遣る瀬無さ

には、ほとほと悲しくなるね。落語の八つぁんじゃあないが、この遣る瀬無さに対して、

どう諦めるって、どうも仕方がござんせん。人間がにわか雨を降らしたわけじゃあないんで、天から降ってきた雨だと思って、腹を立てずに諦めてしまいます。

と「天災」に思うしかあるまいね。
威張っていうことじゃあないが、自分で過去に何度も似たようなことをして、本を重複させているにも拘わらず、どうも学習・反省しない。人に依ってはダブれば、

書き込み用にすれば

というが、今回に限っていえば、僕は茶道研究者じゃあないから、何処に何を書き込めというのだろうか?
けど、「へうげもの」にハマっているからじゃあなくて、以前から「茶道」は習ってみたいと思っているのだが、矢張りこの道は数寄道楽の極致みたいなもので、先立つものがないと始まらない。というか、何を趣味とするにしても、この世の中、

先立つもの

がないと何も出来ない。実に世知辛いものだ。
秋の夜長ということで筆を散らしていこう。
松井の「家、家にあらず」を読み終えてから、次に何を読もうかと思って、本棚を適当に漁ると、同女史の

「東洲しゃらくさし」(PHP研究社〈1997年1月〉初出、のちにPHP文庫〈2001年8月〉収録)

が出てきたので読み直した。この本は松井の処女作で有名な絵師・東洲斎写楽を題材にした作品だ。嬉しいことに、去日、女史が晴れて直木賞を受賞したお蔭で出版各社が過去の作品を様々な形で出しているようだ。この「東洲しゃらくさし」などは女史が受賞する前は品切で大型の書店でもまづ見ることができなかったが、先日、新宿のAVIREXで秋冬新作のパンツを買った序でに、帰るには時間もまだあるということで「ジュンク堂」に寄ったら、重刷されていたっけ。

うーむ、保存用に買っておくかなあ

かたや一方、自分の不注意で本を重複させて泣いているにも拘わらず、また別では「保存用」などと考えているんだから、矢張り「学習する(=反省する)」という言葉はこれからも虚しく響くだけだろう。

秋の夜長

PCの調子が悪く、多分、修理に出すことになろう。なんとか必死になって優先順位の高いデータだけは外付けに取り出したからよいが、当面はサブを使うことになろう。

旧暦八月十五日は中秋の名月。これを新暦に対応させると今日ということになる。幸いなことに今夜の空は雲も殆どなく、次第に秋色めいて随分と高く澄んでいる。仕事帰りに見上げた時、東より中天にさしかかろうあたりに、まあるいお月様が静かにあるのを見た。昼日中はまだ暑いが朝晩は随分と過ごし易くなったものだ。結局、この夏に誂た浴衣は一度も袖に手を通すことなく終わってしまったのが、心残りだが仕方あるまい。
秋の夜といっても丁度これくらいの時期の夜が僕は好きだ。冬の夜も悪くはないが、少し静寂過ぎる嫌いがある。
家人が寝静まった頃合から、僕の行動が始まるといってよい。といっても、好きな本を片手にその時々にある酒を静かに傾けるだけだ。ビールの時もあれば、日本酒、焼酎の時もある。
夏はビールを本の友とすることが多いが、秋は醸造アルコール臭のちょっと浮いた感じの所謂清酒をミルクパンのような片手鍋に直に入れて、強めの火でさっと軽くアルコールを飛ばした熱燗にする。それを湯呑茶碗代わりに使っている安物印判の蕎麦猪口に注いでのんびり嘗めるのが好きだ。
秋の夜長に読書とはよくいったもので、実に相性がよい。暑すぎず寒すぎず、それでいて夜は随分と静かで、自然と集中力も高まる。読書するには持って来いの季節だ。
しかし、最近、買った松井今朝子「辰巳屋疑獄」は三夜で読み終わってしまい、その後に買った「家、家にあらず」は

も少し、ゆっくり読もう

と思ったものの、この調子だと先はすぐに見えそうだ。だからというわけではないが、後のことも考えて、某大手チェーンのマンガ中心型古本屋に寄って、追加でエセーを買っておいた。買った本は以下の通りだ。

青木玉「帰りたかった家」(講談社〈1997年2月〉初出、後に講談社文庫〈2000年2月〉収録)
同「手もちの時間」(同上〈1999年11月〉初出、同文庫〈2002年11月〉)
同「なんでもない話」(朝日新聞社日曜版〈1996年4月7日~97年3月31日〉、後に講談社〈1997年9月〉収録、さらに同文庫〈2000年10月〉収録)

青木玉を選んだのは以前に「小石川の家」を読んだからと、最近、彼女の母・幸田文のエセーを読んだ延長にあるといってよい。
これとは別に無性にマンガも読みたくなって(買戻しも含めて)買ったのが、

きくち正太「おせん」1~13巻(講談社・イブニングKC<2000年8月~>)
山田芳裕「へうげもの」1~5巻(講談社・モーニングKC<2005年12月~>)
瀧波ユカリ「臨死!!江古田ちゃん」1(講談社・アフタヌーンKC<2006年4月~>)

だ。いづれもまだまだ刊行中のものだが、なんだか今、気付いたが肩入れしてるかのように講談社が並ぶなあ。僕が解説するまでもないし、解説したらしたで面白味が減ってしまうこともあろうが、エエイ!ままよ、ざっと流しておこうか。
きくちの「おせん」は相変わらずきくちらしい細い線だが大胆と緻密の構図がよく調和し、それにストーリーもしっかりしていて、読んでいて自然と引き込まれていく。過去の作品と比べるのは申し訳ないが、「三四郎^2」(秋田書店・少年チャンピオンコミックス)以来の出来だと思っている。
山田の「へうげもの」は戦国の数寄大名・古田織部の物語だが、最初にこれを薦めてくれたのは呑みの染姐だ。それから、たまたま本屋で

どれどれ

と手に取ったわけだが、切り口が斬新で非常に面白い。ただ、話の筋は茶道具がメインとなるから、それなりに知識を必要とするやもしれないのが、痛いところだが、そういう時は簡便な茶道の入門関係書があるとより深みに嵌ることができる。僕などは

主婦の友社編「茶の湯基本語小事典」(主婦の友社・茶の湯ハンドブック7<1994年12月>)

を偶にパラパラ開く。で、

なるほどねえ

と感心したりする。そういえば織部で思い出したが、桑田忠親「古田織部の茶道」(講談社学術文庫)が本棚のどこかにあった気がするけど、どこに置いたかな。後で探そう。
瀧波の「江古田ちゃん」はもう本当に息抜きのラフなものだ。これは解説するほうが愚かというもので、是非、自分で一読して貰いたい。なんともいえないディープな世界を匂わせつつ、薄っぺらいのが堪らなくよい。

秋の夜長に託けて随分と書き綴ったものだ。
今日は寝る前に何を呑もうか。と、丁度、傍に小田原の地酒「火牛」(相田酒造店)があったから、これにしよう。

読書雑感

寝しなに読む本がなくなったので、帰宅の途次、地元の本屋に寄って文庫本コーナーを物色していると、一人の男子高校生が来て、同じく物色していた。活字離れが叫ばれて久しい昨今に

今のコはどんな本を読むのか

とちょっと興味が湧いたので、自分の読みたい文庫本を物色しつつ、高校生の挙動をチラ見する。彼が手に取った一冊は宮沢賢治の「注文の多い料理店」だった。もう一冊は太宰だったような気がするが、こちらは確かじゃあない。

ほお

名作文学を手に取るとはなかなか感心と思う反面、高校生が読むレベルの本かな、とも思った。太宰はともかく、確か「注文の多い料理店」などは小学6年か中学1年次に選定図書かで読んだと思う。
まあ、それでも自分から名作文学を読もうとする姿勢はよいことだと思うよ。矢張り、この手の硬い本は若いうちに読むべきだよ。年を重ねると集中力が欠けてくるから、どんどん敬遠するようになる。僕もご多分に漏れない。最近、名作といわれるような本は読んだ記憶がない。
まあ、それはよいとして、寝しな用にと選んだ本は次の通りだ。

松井今朝子「辰巳屋疑獄」(筑摩書房〈2003年11月〉初出。後にちくま文庫〈2007年9月〉収録)
幸田文「雀の手帖」(新潮社〈1993年12月〉初出。後に新潮文庫〈1997年11月〉収録)

幸田のは「父・こんなこと」を最近読んだので、勢い任せで続けて購入した嫌いもなくはない。
松井今朝子といえば、今年の7月に「吉原手引草」で第137回直木賞を受賞した女流作家だ。デビュー当初から注目していた一読者として、女史の受賞を新聞記事で読んだ時は、

やっと世間は松井今朝子を評価したのか

となんだか親にでもなったような気分だったなあ。
さて、数ある松井作品のなかで僕が特に秀逸だと思うのは、第8回時代小説大賞を受賞した「仲蔵狂乱」だ。
天明期の江戸で活躍した役者・初代中村仲蔵の生涯を追い掛けたこの本は、何度読み返しても、その丁寧なストーリー構成、素晴らしい表現力にほとほと感銘を覚える。
初代仲蔵というのは、技芸一本で稲荷町(大部屋)から座頭(一座のトップ)に上り詰めた役者で、天明期の江戸では団十郎に勝るとも劣らない人気を博した役者だ。と書いてもその凄さはあまりよくわからないだろう。
当時、既に役者社会では門閥化が進みつつあって、血筋がものをいいはじめていたわけよ。詰まり、有名な役者の子に生まれない限り、なかなか出世ができない。況してや座頭になるというのはもっと大変な話で、江戸では中村座・市村座・森田座の三つしか小屋がないから、座頭は三人。そのうちの一席は自動的に団十郎が入ることになっている。詰まり、実質二席しか空いてないわけよ。その座頭に門閥・血筋をものともせず、綺羅星の如くいる名優を押し退けて大部屋から上り詰めたのは、江戸時代を通じてこの初代仲蔵と幕末の四代小団次の二人しかいない。
この本を書くにあたって松井は可成り徹底して資料の下調べをし、余分なものをできる限り削ぎ落として、仲蔵の人物伝を作り上げたものと見え、読んでいてグイグイと作品の世界に引きずり込まれて行く感じだ。お蔭で寝しなに読む本で、読破するまで連日睡眠不足になったくらいだ。
尤も、睡眠不足になったのは僕だけじゃなくて、新橋演舞場に勤めている友人や清澄氏に、

騙されたと思って読んでごらん

と勧めたら、二人も見事に読破するまでは睡眠不足になったといって、その後少しく恨まれたものだ。
なお、松井作品には「大江戸亀奉行日記」という異色の迷作もあるが、これはこれで馬鹿馬鹿しさのなかに松井の意外な一面を見ることができてよい。確か1時間もかからずに読破したと思う。

発想の転換

連日連夜、暑い日が続いている。なんでも1933年以来、74年振りに日本の最高気温は更新されたそうだ。全く以てこの茹だるような暑さは異常気象じゃあないか、と思う。昨今、盛んに叫ばれている「温暖化」が具現化している証拠なのだろう。因みに1933年に最高気温を観測したのは山形だそうだ。

さて、ある週末のことだ。暑い夜の新宿を酔いに任せてブラブラして、なにをか思ったか、とうに終電も終わっている新宿駅に出ると一風変わった光景に出くわした。

かき氷の屋台

だ。かき氷と聞いても、別段珍しいものじゃあないと思うだろう。当然だ。暑い日にかき氷の屋台が出ても何ら不思議はない。況してや不夜城の新宿というところには、たこ焼き、ケバブをはじめとして色々な屋台が出ている。だから、かき氷の屋台が出ていたとしても不思議に思わないだろう。
しかし、この屋台は別だ。あくまで洒落たかき氷の屋台なのだ。まづ、主の格好からして違う。ひと目見た感じでは何所ぞのちょいと洒落たバーにいるイケメンのバーテンといった感じで、ネクタイにベスト、スラックスといったスタイルで決めている。そのバーテン風の主がかき氷を売っているわけだ。しかも屋台にはシェーカのセットも揃えてある。この一見奇抜な感じがするかき氷屋は、捻くれて見れば、

奇を衒った

とも採れるだろうが、これは発想の転換が生み出した結果だともいえる。場所柄を考えれば、ちょいと頭の回転がよい人ならば「バー感覚のかき氷屋」を発想しても不思議はない。しかし、アイデアは浮かんでもそれを行動に移せるかは別だ。このステップが難しいのだ。そういう意味では不夜城で僕が見た彼はアイデアを行動へ結びつけることに漕ぎつけられた人だといえる。詰まり、彼は発想の転換という視点からすれば、外の人より一歩先んじたわけだから、

勝者

だ。尤も抜群に売上げているかは別だが、連日の暑さと物珍しさもあって、恐らくは女性達の注目するところになろう。
また別のある日のこと。仕事帰りに千住の[U]へ夜飯を兼ねて一杯呑みに行ったときのことだ。店の主とカウンタにいたひとり客が色んな料理について語らっている。僕はその大半を聞き手に廻っていたが、主がふと、僕に向かって、

お客さん、ラーメンにかき揚げって相性が良いんですよ

という。今し方まで語らっていたひとり客も「そうそう」と相槌を打っている。僕は一瞬、それを聞いて怪訝な顔をすると主は、

合わないと思うでしょ…是非、やってみて下さいよ
インスタントラーメンを少し硬めに茹で上げちゃって、かき揚げを乗っけるんですよ

とお構いなしに続ける。

蕎麦や饂飩にかき揚げが合うんだったら、ラーメンに合ったっておかしくないじゃあないですか

そこへ、ひとり客も

あれ、不思議だよね
なんでこれだけ色々とラーメン屋があるのに、かき揚げを乗っけるってことをしないんだろう

と主の言葉に対して同調するように言っている。これに対して主は、

要は発想の転換ですよ
だから、ラーメンでつけ麺ってあるじゃないですか
あれを蕎麦でやってもやり方によっちゃあ旨いはづですよ…
大体、饂飩だってサラダ饂飩とかあるのに、蕎麦だけ「もり」だの「かけ」だのってこともないでしょう

これには「なるほど」と思ったね。確かにラーメンとかき揚げは意外な組み合わせだが、あっても可笑しくはない。まさに発想の転換だ。今度、家でインスタントラーメンを作ることがあったら是非、挑戦してみたい。そういえば、インスタントラーメンにかき揚げを乗っける場合には、

醤油味に限りますよ

という主の言葉を付け足しておこう。

七味唐辛子あれこれ

後輩〔旧鈔堂と号す〕が今月の後半に所用で京都へ行くというから、祗園「原了郭」の黒七味の詰替を僕の代わりに買ってきて欲しいと、先日、頼んでおいたのだが、どうなることやら。あとは旧鈔堂君の良心に任せるしかあるまい。まあ、それはよいとして、原了郭の話を出したので、ちょいと七味について書いておこうか。
僕にとって七味は常備の香辛料だ。流石に最近は持ち歩くまではしていないが「My七味」がちゃんとある。その七味も江戸の頃は「七色唐辛子」と呼んでいた。いつの頃から「七味」の呼称が全国区になったかは知らないが、浅草の「やげん堀」ですら「七色」ではなく「七味」と称しているのは、ちょいと残念だ(・・・というか「やげん堀」が七味の語源の発祥かも知れないが)。色で七つとしていたのが、いかにも江戸の粋を感じる。
七味はところによって調合される種類・比率などが違うが「唐辛子」だけはどこの七味でも必ず入っている。なかでも僕が気に入っているのは先に挙げた祗園「原了郭」と、信州善光寺門前「八幡屋礒五郎」および薬研堀「大木唐からし店」の三店。いづれも江戸時代から続く老舗だ。そのなかで大木のみ今でも「七色」と称している。京都には原了郭以外にも清水寺参道の「七味家本舗」が土産物の定番として有名だが、山椒の香りが強過ぎて正直なところ、僕には合わない。
それに比べて原了郭のそれは山椒の香りも程よい。また「黒七味」と冠しているように黒に近い焦茶であることも特徴だ。この黒いのは焦がすほどに煎っているかしてのことだろう。お蔭で実に香ばしい上、ピリリとした辛さが際立っている。これを朝食の味噌汁に一振りニ振り落とすと味噌汁の味が引き締まって、万年睡眠不足の僕の頭をスッキリさせてくれるようでいて実によい。別に原了郭のそればかりに限らない。八幡屋礒五郎や大木でも同様だ。これらの店はそれぞれに独特の味だが、いづれも七味に対して一廉以上の矜持を感じられる。
八幡屋で思い出したが去年の夏、横浜の友人と一泊二日ならぬ一泊一日ともいえる長野旅行は、殆ど八幡屋に七味を買い付けに行ったようなものだ。
八幡屋礒五郎は海鼠壁調の家作の軒先に吊るされた大きな唐辛子が目印で、古くから善光寺の門前店として栄えていた。江戸の頃は、ここの七味を土産に買って帰ることが、善光寺詣での手形代わりだった、と以前おっしょさんから聞いたことがある。尤も少し後に、この手形代わりという話が七味売の口上にあることを知った。
さて、その買い付け旅行には、家人を困らせるといったちょいと呆れた話がある。
実はこの時の長野へは家人に行き先を告げぬまま、というか殆ど行き当たりばったりで前日の夕方に家を発ち、横浜の友人と落ち合って、夜中に長野の諏訪に入った。その頃、我が家では二、三日前から玄関ドアの開閉速度をコントロールする部分の止め具が緩んでいたかして、今イチ開閉の調子が悪かったのだが、まあ、取り敢えずは大丈夫だろと放って置いたのがいけなかった。長野にいた当日、とうとうドアのビスが外れてしまい、開けたら最後、閉まらない。押しても引いてもびくともしない。まさに二進も三進も行かない状態になったため、家人からケータイに急ぎ連絡が入った。

ドアが動かなくなったから何とかして

と僕の居所を知らない家人がいう。しかし、こっちは信州。おっとり刀で帰れるような状況じゃあないから、

取り敢えずビスを探して嵌め直してみなよ

と電話越しに応急措置の方法を伝えると、

一人じゃ手に負えないのよ…
さっさと帰ってきなさいよ
ていうか、今どこにいるの

と聞いてくる。仕方がないから、さらりと一言。

今すぐってえのはちょいと無理な相談だ
今、信州の善光寺

と答えれば、一瞬、家人が電話越しに沈黙したのがわかった。というか僕の話に自分の耳を疑ったのだろう。一息置いて、

長野って、何しに行ってるのよ

という声にはいかにも呆れている様子がよくわかる。

何しにって八幡屋へ「七味」を買い付けに

僕がケロリというと、その直後に家人は溜息をひとつついて、電話を切った。
gion_hararyokaku.jpg
↑祗園「原了郭」の外観
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↑善光寺門前「八幡屋礒五郎」の外観
yagenbori_ookitougarashi.jpg
↑薬研堀「大木唐からし店」の外観

散歩のお供に

平日昼下がりの散歩には、矢張り食べ歩きがよい。ここでいう食べ歩きというのは、途中でちょいと店に入るんじゃあなくて、まさに歩きながら食べる「食べ歩き」だ。
上野界隈を歩く時は西黒門町の「うさぎや」でどら焼きを買い求め、ポケットに入れてから御山に行くなり、不忍池をぐるりと回りながら食べるのがなんとも堪えられない。「うさぎや」はたったのひとつだけ買い求めても、ちゃんと温かいのをフィルムに包んでくれる。だから、ジャケットのポケットに滑り込ませると、その温かさが懐炉のように身体に伝わってくる。
花見の真っ盛りの上野公園は、人の出が滅茶苦茶凄いから落ち着いて味わうには不向きだが、春先のまだ北風が冷たい時期や冬の走りの頃などは、そんなに人の出もないから、不忍池の畔あたりで慎重にフィルムを剥がし、ほんのりと温かいどら焼きをガブりとやると、

ほほほっ

という感じで思わず顔の筋肉が綻んでしまう。
西黒門町の「うさぎや」の創業は大正の初め頃だったかで、今は近代的なビルディングの1階に収まっている。ここのどら焼きは掌にすっぽりと収まる大きさで、満遍なく焼き色のついた生地に程よい甘さの餡がぎゅっと詰まっており、王道を行くどら焼きとでもいおうか。
これと対象的なのが浅草寺門前の「亀十」のどら焼きだろう。掌を目一杯広げたような大きさに、生地は敢えて焼き色をつけた側を内側にして、たっぷりと餡を挟み込んだやつだ。これを持って吾妻橋の発着場から水上バスに乗り、隅田川両岸の町の風景を眺めながら、またはそのまま吾妻橋の欄干に寄りかかって、川を行き来する船などを見ながらガブりとやるのもよい。
どちらも十分によいが、しかし、必要ないが敢えて甲乙をつけるとなると僕はどうしても「うさぎや」を選んでしまう。うまく説明はできないが「亀十」のどら焼きはその形状がどことなく、

無骨というか野暮ったい
斜に構えている

と感じてしまう。土産用に五、六個を箱詰めしてもらうとわかりやすいかもしれないなあ。
うさぎやのどら焼きは箱を開けると品良く並んでいて、

こんにちは

と澄ましているような感じなんだが、亀十のそれは開けると、その大きさも手伝って

どうだ、すべてが凄いだろう!!

と、どら焼きの意外性を主張し過ぎているような感じとでもいえばよいか。味はよいのに、焼き色をつけた側を内側にするというのが、どうも僕には邪道に思える。粋な浅草でここも大正くらいから営んでいる老舗なわけだから、

素直にお定まりのどら焼きにすりゃあいいのに

とその形状がかえって無粋に思えてくることがある。とまあ、兎に角、僕は「うさぎや」贔屓だってことだな。
新宿界隈へ出る時は、四谷見附にある「ふたば」の鯛焼きもよい。この店は戦後の昭和26年創業というが、そんなことは知らなくとも、甘党にはいわずと知れた超有名店のため、いつ行っても行列ができている。妻女にでも頼まれてるのか、時分によっては女性よりもリーマンが列を為している。
僕なぞは新宿のAVIREXで買い物した帰りなどでまだ時間が早いときに、四谷で途中下車して、ここの鯛焼きを買い求める。そして、土産用のとは別に一匹包んでもらい、「外堀公園」あたりで一息ついでに、桜やら濠を眺めながら頭からガブリとやるのが堪らなくよい。本当は外堀公園とは外堀通りを反対側に進んだ「弁慶濠」あたりでガブリとやりたいところなんだが、弁慶濠まで行くとなると冷め過ぎてしまう。冷めても十分美味しいのだが、折角、すぐ食べるために別に一匹を包んでもらっているわけだから、矢張り温かいうちに食べてしまいたいっていうのは心情だろう。となると弁慶濠では、ちょいと遠いんだよ。この微妙な距離加減が難しい。だからといっちゃあ悪いが、諦めて外堀公園でガブリとやるわけだ。
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↑西黒門町「うさぎや」の外観
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↑浅草寺門前「亀十」の外観
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↑四谷見附「ふたば」の外観
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↑試みに、ふたばの「鯛焼き」

シウマイあれこれ

ちょっと用事で横浜方面に行く。横浜駅といえば、やはり駅前南口にズデンと聳えている「崎陽軒」本店であり、昔ながらのシウマイだろう。昼時には関東圏(それ以外の地域は知らない)はCMも流れているそうだ。
横浜駅東口のポルタは東口地下を放射線状に広がり、そごうやマルイと繋がっている。そのうちの一路は崎陽軒の地下とも繋がっていて地下街に直営の軽食処がある。いつもは地上階の本店で「シウマイ」を買うんだけど、今回は横浜の友人と待ち合わせていて、時間的に地上まで出ていく余裕がなかったから、地階の軽食処でシウマイを一折買った。これを明日の朝、温かいご飯で頂くつもりだ。
崎陽軒の「シウマイ」を話題に出したんで、今回は横浜の「シウマイ」の話で脱線していこう。
横浜に行く時は土産ってことで、崎陽軒に限らず、よく「シウマイ」を買う。手軽でいて旨く、ご飯やビールと非常に相性がよいからだ。近所のスーパーで売ってるシウマイと比べるのは申し訳ないが、シウマイを売り物にしている店は矢張り全然違う。最大の違いは小ぶりなものでも具がギュッと詰まっていることだ。だから当然、歯応えがあり、口のなか一杯に旨味が拡がる。
例えば、中華街のなかに「清風楼」という小体な店がある。この店はたしか戦後の昭和25年頃の開業で、家族ぐるみで手を広げずに地道な営業で今日に至ったというような店だ。シウマイもその雰囲気を伝えていて、いかにも手作りといった感じだ。一つ一つの形こそ歪だが、具は溢れんばかりに入っていて、箸で一つ摘み上げるとその重量感を主張している。それにこの店は中休みの時間もシウマイの販売だけはしてくれるとこがよい。いつだったか行った時は、丁度、中休みの時間帯だったが、従業員は休むことなくシウマイを買いに来る客を次から次へと捌いていた。僕としては、こういう店のほうが利用しやすい。
もう一店は「博雅亭」だ。この店の創業は古く、たしか明治初年頃だったように思う。今は伊勢佐木長者町の店舗はたたみ、同じ伊勢佐木長者町の松坂屋と上大岡の京急百貨店でシウマイのみ販売している。博雅のシウマイは僕が語るまでもなく、既に有名な店だが、その名に奢ってないように思う。割合に大振りなシウマイは温かいご飯で三つも食べれば、僕などは十分満足だ。温めたシウマイをシンプルに溶き芥子をたっぷりつけ、ビールの肴としてガブリッとやるのもよいが、包丁を入れて半分にし、茶漬碗のような深めの碗に半分程ご飯を入れ、揉み海苔を撒く。そして、その上に半分にしたシウマイを五つ、六つ並べて醤油をかけ回し、さらに七味を適量振り掛けた「シウマイ丼」にするのが気に入った食べ方だ。
もっとも、この「シウマイ丼」は元があって、某店でサイドメニューとして出しているものだ。某店の丼はもうひと手間加えてあって、揉み海苔と一緒に大和芋のごく薄くスライスしたものが何片かと白髪葱が入っている。大和芋と葱の組み合わせが意外とシウマイに合う。特に大和芋のサクサクとしてて甘みのある食感がよい。これを食べた時に「うん、イケるな」って思って、作り方を真似したまでのこと。けど、シウマイを買った日に運良く大和芋と葱があれば、某店と全く同じ作り方をするが、余程に大和芋が好きで年柄年中食してるなら兎も角も、普通の家で大和芋を常備してるってことはそんなにないだろう。まあ、それならできる範囲で手を変えてってことで、大和芋と葱は省いて、替わりに醤油と七味で味付けしたらどうだって感じで試しに加えたわけよ。
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↑崎陽軒の定番商品。「特製」もよい。
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↑中華街「清風楼」の外観
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↑清風楼のシウマイ。
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↑博雅亭のシウマイ。
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熊さん。今のお人で何人目だい?
著者寸描(プロフィル)

浮世名詮〔うきよのめうせん〕

Author:浮世名詮〔うきよのめうせん〕
東西東西~。
さて、これより語りまする者はその名を「名詮」と申しまする。

性格は可成ふざけて居りまして、朝イチから行動すればよいものを、昼も過ぎ、夕闇の濃くなる頃から東都のあちらこちらへ出没し、状況に応じて色々な人物を演じ分ける素ッ惚けた根無し草。

まあ、気楽に気楽にお付き合い下りまするよう、隅から隅まで、ズズいっとお頼み申し上げまする。

先づは

乍憚口上
乍憚口上」つづき
乍憚口上」むすび

を一読下さりまするようお願い申し上げまする。

千穐萬歳大入叶

熊八ブログをケータイしておくれっ
ちょいと、そこのお前さん。無視していくんじゃないよ。めうせんの「熊八ブログ」がケータイでも見ることが出来るっていうじゃあないか。おや、知らない?まあ、この人はなんて野暮なことをいいなさんのかねえ。
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