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久米島スナップ(風景編)

「生き物編」につづいて、今度は久米島で撮った風景編。
久米島は1周約40キロ超えとそれなりの大きさを持つ島なので、なかなかに景観は富んでいるところがある。そのなかから、個人的な趣味・興味が反映されたものを揚げておこう。

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まづは、久米島でマリン観光といえば「ハテの浜」。島をあげて大々的に宣伝している。
ようは長い砂洲の連なりなんだけど、ここには船でしか行けない。
しかし、いかにも南国をイメージさせるに十分な青い空、白い浜、透き通る碧い海。
たしかにその名のとおり「果て」の浜という感じがする。

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見たまんまです。ガラサー山という場所らしいが、自然の力に凄さを感じますな。見事な奇岩です。
もっとも、ま近くまでは行ってないので、コレが信仰の対象になっているかはしらない。

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こっちもおなじく見たまんまです。ミーフーガとよばれる場所。
これまた自然の力が持つ素晴らしさを感じます。こちらは島の観光パンフによると、信仰の対象になっています。しかし、場所は周回道路をそれて、山を下りるかたちで意外と奥深いところにある。
だからこそ、信仰の対象になりえてるのかもね。険阻を越えた先の聖地というところですかな。
もっとも、険阻といっても、ここに来させるための車道がギリギリま近まで延びているので、今は聖地というよりただの観光スポットですな(いな、パワースポット的な感覚をさして聖地とするなら、立派に聖地)。
しかし、名詮さんが行ったときは、後に3人1組のそれなりの女性グループが来ただけだった。
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久米島スナップ(生き物編)

アルバムは、あとで別に作成することにして(あくまで予定)、とりあえず、ここに久米島で撮ったものを掲げておこう。
まづは「生き物編」

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サイプレスリゾート久米島の目の前にひろがるシンリ浜にいた「やどかり」さん。
やどかりって久し振りに見た。

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ホテルで飼っているらしい「リクガメ」くん。
このリクガメは柵囲いのなかにいるんだけど、つねに柵の下を掘って、脱出の機会をうかがっているようだ。
が、所詮は亀である。動きがおそい。
脱出を試みた場所は、翌日、しっかり石塁が築かれて封鎖されていた。

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これまた、ホテルで飼っている?(近所から借り出されているキライもなくはない)「山羊」さん。
近くのエサ箱に入ってる葉っぱを宿泊客の手づからで食べさせてあげることができる。
が、非常に食欲旺盛な山羊で、目の前に葉っぱを差し出すと、瞬く間に平らげてしまう。

(山羊「撮影してる暇あったら、エサよこせ、こら!!!」)

来週のこと

毎度のことながら、不思議と忙しい。
書く材料もそれなりに溜まっているのだけれど、いまはそれを文章に起こすだけの気力・体力がない。毎日、REDBULL1本コースですよ。
だから、ツイッターみたいに利用させてもらう。つまり、ここへ簡単にひとこと。

来週いっぱい、仕事で「三宅島」に行ってきます。

当初の予定では、往復ともに飛行機で八丈島へ出て、そこからヘリで三宅島へ移動ということだったんだけれども、往路分のヘリが手配できなかったということなので、夜分に竹芝よりフェリーで三宅島に向かいます。
けれどね・・・夜に出航するというのはわかるんだが、三宅島に着岸するのが

朝の5時00分

というのはどうなんだろうか。
朝釣りや沖釣りの趣味を持たない僕に、先方が迎えに来てくれるまでの間、少なくとも4時間くらいをなにしていろというのだろうか・・・うーむ、とりあえず暇つぶしに待合所で

♪沖の暗いのに 白帆が見ゆる アレは紀の国 ヤレコノコレワイノサ

と「かっぽれ」でも踊っているか。

箱根「箱根翡翠」2010

急遽入った差込の原稿を締め切りひと月遅れで仕上げた。
そのご褒美ということで、今年も行きました。年末の箱根。場所は仙石原。宿は箱根翡翠。
今回は、いつもみたいな長文を止めて、さくさくと合間合間に写真いっぱいタイプを試してみる。

まずは「車寄せ」
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目の前の壁には水が流れている。
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続いて「エントランス」
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いよいよ、お部屋へ。今回は「デラックス和室」タイプをチョイス。
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次はベッドルーム。シモンズベッドだそうだ。ベッドがキングサイズというのが快適な眠りを誘う。
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洗面台もたっぷりとしてて、それにアメニティもしっかり揃えられてある。
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浴室の格子戸を全開にすれば、気分は露天風呂。
というか、脇の戸を開ければ、そのままベランダに出られる構造がなんともまた・・・
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大人の上質なくつろぎが、ここにある。
とは、箱根翡翠の売り文句。
しかし、気を詰めて原稿を書き終えたご褒美に、たったの一泊でもするだけで、十分に疲れが癒せた。
これが上質なくつろぎというものなのだろうか。

箱根旅行① 仙石原「箱根翡翠」

仕上げなければならない仕事を2本抱えていた。この2本で12月の上旬はあっという間に過ぎ去った。まさに坊主も走る忙しさというやつだ。気力体力とも使い果たし、これじゃあいけないと思っていたところへ、高円寺に住む友人が旅行の話を持ちかけてきた。しかも宿は会員制リゾートホテル。高円寺の友人は伝手があって、部屋さえ空いていればハイシーズンも関係ないという。こんな素敵なお誘いを受けたら、当然、二つ返事で

行くしかない。

いや、妙心の止める手を振りほどきつつ平手造酒よろしく

そこをどいてくだされ 行かねばならんのだ!

の心意気である。
ホテル候補地はいくつかあったが、近場で疲れを癒すといったら、やはり

箱根

がよいと考えた。そこで宿は決まった。箱根仙石原の

「箱根翡翠」

だ。
箱根へは新宿からロマンスカーに乗れば1時間半程度で着く。そこから強羅へ向けて登山鉄道に乗り込む。初春の箱根駅伝でお馴染みの五区難事のひとつだ。しかし、今は基本的に走者を優先してくれるらしい。だから昔みたいに踏み切りでロスし、後続に追いつかれるということはほとんどないらしい。なんか面白くないね、ソレ。やはり運も味方につけての箱根駅伝が断然に面白いと思うのだが…

まあ、それはよいとして…箱根登山鉄道は途中3回のスイッチバック方式で山を登って行く。その間、運転手と車掌とが車室を交換するのをみて、

これがスイッチバック方式かあ

と素直に感心する。東京からまづ出ることのない僕にとって、実に新鮮なことと目に写る。というか、車では箱根によく来るが、登山鉄道を利用しての箱根旅行は人生で最初のことだった。だから、余計に感心したんだと自分では思っている。
そんなこんなしているうちに漸く強羅へ到着。漸くとしたのは、初めてみたスイッチバックは感動したが、それさえ終わってしまうと、ちんたら感が長く感じてしまう。恐らく湯本から強羅まで30分程度なんだろうが、なんだか随分と長く感じたなあ。

さて、箱根翡翠は、

もてなしを極めた、大人のリゾート

を謳うだけあり、非常に洗練されたホテルである。すべてをゆったりとしつらえてあり、またクドさのない造りはたしかにもてなしの極みなのかもしれない。部屋も同様だ。温泉旅行ならば申し分のない広さの部屋も調度品はシックにまとめられており、それがまた部屋とも程よい調和をなしている。夜の帳が下り、しずかにソファに身を沈めると日々の喧騒を忘れさせてくれるようだ。また各部屋に温泉も引かれ、普段と違い、遅く起きた朝にザブンっと入ればたっぷりのお湯が身体に気持ちいい。そこで無才が一句、

年 の 瀬 に 朝 湯 た の し む 贅 沢 さ  名 詮

箱根旅行思ひ出スナップ① 仙石原「箱根翡翠」

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↑箱根仙石原「箱根翡翠」(左から)ゲート・建物外観・エントランス
ちなみに荷物は、送迎バスからエントランスまで、エントランスからフロントまで、フロントからルームまでと、カートで3人の手に引き継がれながら運ばれる。
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↑部屋のなか
ごくシンプルな造りだが、全体的に調和がとれていて、のんびりとくつろげる空間が演出されている。
ちなみに今回の部屋は「デラックス」で、63㎡くらいだったと記憶している。温泉旅行にしては申し分ない広さ。
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↑バルコーニとバルコニー前の池
もちろん、池には鯉が泳いでいる。夜には満点の星空がよくみえる。
のんびりと備え付けの温泉風呂に入っていると微かにせせらぐ水の音が耳にふれる。

日光「金谷ホテル」

時間の合間を見計らって、2年振りに日光へ行く。
今年は夏らしい爽快な青空を拝んだ記憶がない。気象庁の見解では関東は梅雨明けしているはづなんだが…たしか2年前に日光へ行った時は、台風一過の後だったが、これもすっきりと晴れることがなかった。日光とは相性がよくないのかしらん。
さて、2年前も日光については少し書いたと思う。明治以降、御雇外国人向けの避暑地のひとつとして、日光は整備されたわけだ。その日光の昨今は世界遺産登録もなされているため、より一層、外国人観光客の姿を目にする。なんとない感覚的なものにすぎないが、

東京に次いで関東では日光が外国人観光客を目にするのではないか?

と思えてくる。
それはともかく、日光の名物といえば、まづ第一に浮かぶのが

湯波

だろう。駅から東照宮に向かう道すがらには、大小何軒もの湯波料理屋がある。また直接的には湯波と関係しないような中華料理屋やパスタ屋なんかも湯波をアレンジしたものを出す。それほどまでに湯波と日光の関係は切っても切り離せないものとなっている。なかでも旧名を門前西町といった参道から少し外れた大谷川沿いの町中にある「高井家」の湯波懐石などは、旅先で出会えるちょっとした贅沢であることを前に書いた。
今回も高井家で湯波料理の数々に舌鼓を打ち、のんびりと過ごしてもよかったのだが、前回の日光旅行で最後まで高井家と並んで候補と考えていた

金谷ホテル

が、

日光へ行くぞ

と決めてから、急に気になりはじめた。さらに金谷ホテルは高井家とは違い、予約不要(※一部、この限りではない)というのも魅力的だった。そうなると、単純な性格の僕なぞは、気分がどんどん金谷ホテルに傾いていくわけだ。
金谷ホテルは明治6年創業という。現存する建物は日本のホテル建築史上、最も古いものであり、クラシックホテル(ただし、最古のホテルは明治4年創業の京品ホテル)のなかでも、老舗中の老舗ホテルと位置づけられる。大谷川を望む木立のなかにあるそれは独特な造りで、日本人のものとも外国人がイメージしたものとも解釈できるような、江戸から明治への転換がゆるやかなものであったかのような、不思議な

日本風

むしろ

オリエンタル風

とでもいうような外観を持つホテルだ。
そこのダイニングルームで供されるランチは手頃な価格で食べることができるが、だからといって手抜きされているわけじゃあない。長年、大事に使い込まれただろうノリタケの銀食器は手に取れば優しくフィットするし、一杯のシェリーにしても、シンプルながらすっきりとした足高のグラスで程よく冷やされたものが供される。このことからも、ランチのみの利用でも、金谷ホテルは客をぞんざいにしていないのがわかる。もっとも、

昼から早速、酒かよ

とお叱りを受けそうだが、本場イギリスでは「シェリー」に限っては昼から飲んでも許されるアルコールだ。だから容赦してもらおう。けど、今思い出しても、シェリーをいただいている間は、すっきりとした味に、いささかの涼を得られた気がした…外は曇天、湿度高めの昼下がりのことである。
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↑日光「金谷ホテル」のエントランスとダイニングルーム
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↑食前酒として、シェリーを一杯…
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↑金谷ホテル「夏のスペシャルランチ」
左上「野菜のクリームスープ」右上「日光虹鱒のソテー金谷風」左下「ライスとサラダ」右下「いちごのアイスクリームと紅茶」

長野について

長野といえば、善光寺。それしか浮かばない…

今年は7年に一度の善光寺前立本尊開帳ということで、各地の老若男女が、ウン百万人とお参りしたらしい。そして、清澄氏も行ってきたようだ。
僕にとって善光寺といえば、すぐさま思い出すのが「八幡屋礒五郎」の七味だ。この八幡屋の七味の特徴は、青海苔に代わって生姜が入っていることだ。生姜というのが、いかにも山国らしい知恵だろう。
さて、八幡屋の七味と一緒に思い出すのが同じ門前町にある「レストラン五明館」のオムレツ定食だ。ここのオムレツはシンプルなプレーンオムレツで、濃い味に慣れた過ぎた現代人の舌には、その円やかさを物足りなく感じることもあるそうだ。
が、それは食べる側の工夫が足りないというものだ。ここのオムレツを食べるときは、軽く塩と胡椒を振るものなんだ。そうすれば、

グッと味が引き締まる

というわけよ。だから、五明館もご多分に漏れず、テーブルの上に塩と胡椒が備えられている。
それならば最初から塩と胡椒で味付けしたものを供すればいてじゃあないか、という人もいるだろう。けど、全員が全員、塩・胡椒の効いたプレーンオムレツが口に合うとは限らない。そこで店側は極々標準的なプレーンオムレツを供するわけだ。そしたら、あとは食べる側が常識の範囲で味を調整するものだよ。そのひと手間が大事。
それにしても長野市最大の観光地・善光寺は、観光地であるが故に、門前は

やらずぶったくり

の店も多い。特に蕎麦と日本料理はお話にならないお粗末さ。
信州といえば蕎麦…なのはわかる。が、門前町で食べる蕎麦は、もり一枚が800円も900円もするのは馬鹿らしい。善光寺の門前で蕎麦を食べるくらいなら、しなの鉄道に30分も乗って上田へ出て、有名な「刀屋」で

これでもか!!

と堆く盛られた蕎麦を鱈腹食べたほうが全然よい。
それじゃあ、日本料理はどうなのか?といえば、長野市民、ひいては長野県民が立腹するのを重々承知で敢えていわせて貰えれば、長野市は所詮、

一地方都市

でしかない。だから、洗練されていない。
だからといって、僕は東京や京都のそれが第一等という積りも毛頭ない。また「洗練」の明確な定義を打ち出せる自信もない。ただ、見た感じからして、

田舎くさい都市

といえば聞こえは悪いが、田舎くさいのは、それはそれで存分に特徴として成立するわけだ。それならば、田舎でしか味わえないような、むしろ田舎だからこそ味わえるもの。その地方の名産を美味しく食べさせて貰えることが、何よりだと思う。
しかし、長野にとって、四方を山々に囲まれているということは余程コンプレックスなのか、一生懸命、海鮮物を出したがる嫌いがある。これがいけない。
以前、伺った日本料理屋で会席料理を食べて驚いたのは、先付、碗盛、刺身、焼物、揚げ物、煮物、酢の物、味噌汁…以上の品は全部、魚貝類が何らかの形で関与している。江戸前をもってしてる東京だって、流石にここまで魚尽くしじゃあない。この会席で魚貝類と絡まなかったのは強肴かなにかで出た

蜂の子の佃煮

と御飯、水菓子。
そして、この蜂の子だけが信州の名物だった。

船橋「一平」(今更回想)

千葉の船橋というところは、総武線沿線にあって一種独特の雰囲気がある街だ。それは同じ総武線続きの錦糸町や亀戸あたりとも違うもので、矢張り江戸川を境にして、東京とは別の文化圏といった感じだ。といって、船橋を田舎だとかそういう馬鹿にしているわけぢゃあない。
うまい表現が浮かばないのだが、下町のような猥雑さと、まだまだ都市として洗練されてない泥臭さみたいなものが混在しているとでもいおうか。
その混在振りをよく表しているのが京成船橋の南側一帯の飲み屋横丁だろう。
例えば「一平」「加賀屋」「あまから屋」。いづれの店も安酒場。そして、誰が名付けたかは知らないが、この三店をして

船橋三大聖地

というらしい。らしいとしたのは、夏も終わり頃だったかにコンパスさんと「一平」へ呑みに行った時、たまたま知った常連客の一人からそう聞いた。気持ちよく酩酊していたその人は、

船橋で、この一平と加賀屋さんとあまから屋さんを知らないヤツは潜りですよ
この三つが船橋の三大聖地ですから

と、そう教えてくれた。
「あまから屋」はまだ踏破してないから、三者を比較できないが、少なくとも一平はそこら在り来たりの安酒場の地位にあるのは勿体ないくらいだ。

早い・安い・旨い

の三拍子が揃っている。
先にも述べたコンパスさんと行った時、二人して鱈腹呑んだり食べたりしたが、微笑ましい価格に驚いたものだ。また、なんといおうか雰囲気がよい。それぞれの事情で来る客を大手を広げて迎え入れてくれるような大きな感じだ。だから、独りしみじみと呑みたい人も、ワイワイガヤガヤと馬鹿な話に花を咲かせたい人も、上司のことで愚痴を零したい人も、いる。そして、究極はそんな喧騒で雑多な状況にあって、独り静かに本を読みながら、自分のペースで酒を楽しんでいる人がいる。そういう人たちが渾然一体となることで、

一平

が愛される安酒場として、船橋にいつまでもあるのだろう。
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↑左上から、船橋「一平」モツ煮込・肉どうふ。奥に、ちくわきゅうり。左下、ハムカツ。
安酒場らしい酒肴といえよう。

平成21年初もうでの記―上州攻め・其の一(水沢観音まで)

ここ数年、清澄氏と行く初詣は随分と遠くなってきている。しかもコース設定が結構無理している節がなくもない。
一昨年は昼くらいに足利へ出掛け、助戸と寺岡の二寺を済ませたら、真っ直ぐ帰ってくればいいものを、寺岡から佐野市街までは4キロ程度だということで、歩いてしまう。そしたらそこは往来激しいトラック街道。しかも道路標示のいう4キロは市街に入るところまでであって、駅まではさらに2キロ程度あった。結局、トラックに追い立てられるようにして、新年早々寒風荒ぶなか、6キロも歩く羽目になった。
去年は、拝島へ出掛けた。本覚院こと拝島大師へ角大師が描かれた「厄除うちわ」を頒けて頂くためだったが、人間というのは欲張りな生き物で、折角、拝島まで来たんだから序でにと、その足で乗り継ぎ高幡不動へ詣で今度は「ほのほうちわ」を頒けて頂く。さらにそれから府中の「二葉亭」のポークソテーを食べる序でだからと、またもや「序で」が現れて、大国魂神社へ参詣と、一日に二寺一社をハシゴした。詰め込みすぎだ。
で、今年はといえば、とうとう初詣に新幹線を使う有様。行き先は水澤観音と白岩観音だ。この両観音は坂東札所で、土地柄、

勢い

をつけないと、なかなか東京からは行き辛い。そこで毎度の如く清澄氏と語らって、新年早々、上州入りしたわけだが、今回の初詣のテーマは

攻める初詣

だ。自分からご利益を絡め取る気で攻めて行くからだ。
しかし、相手も然る者。日帰り上州攻略は昨夏の八溝山のように時間との戦いだ。手帳にバスの時刻表を写しておいたので、いま、それを載せると次の通りだ。

高崎 0955 → 水沢 1057
    1120 →     1222
水沢 1239 → 高崎 1339
    1349 →     1449

一本を逃すと1時間以上来ない。
地方にあって一本の乗りミスは、即座に後々まで響く痛手として帰ってくる。況して初めて踏み入れる土地は土地勘が乏しいから、二度三度と痛手が重なってくることが多い。このことは既に僕も清澄氏もいろんなところで経験済みだ。
そこで安全策を採って高崎駅9時55分発の伊香保温泉行きに乗るのは当然のことだろう。
高崎駅までは順調。あとはバスで水沢に向かうのみ。一応、手帳にバスの時刻表を控えてはあるものの、敢えて出発を待つ間にバスの運転手に所要時間を聞いてみると、

わからない…

のひと言。で続けて、

昨日は水沢まで三時間かかったんだよねえ
渋滞酷くてさあ

という。僕も清澄氏も唖然。

………。

森の中の一本道を歩いていて、茂みに隠れていた伏兵に襲われた気分だ。
しかし、ここで引き返すわけにはいかない。既に高崎まで来ているんだから、あとは

ええい!ままよ

と今回の旅のテーマ通りに「攻める」しかない。取り敢えずバスは定時に出発し順調に伊香保に向けて進む。が、途中の箕郷営業所で時間調整の時に、運転手がやってきて、

ここでトイレ済ましておいたほうがいいですよ

と告げて営業所に一旦引き上げていく。運転手はマジだ。マジに今日も水沢まで渋滞することを想定している。しかし、その心遣いは有り難い。土地のプロがいうんだから、こういう時は素直に従うべきだ。準備万端、覚悟を決める。
運転手が戻ってきて、愈々覚悟の山へ。しかし、運転手の思惑に反して、バスはすんなり山中を進む…と思ったら、水沢の手前わづか1キロのところで見事に渋滞に巻き込まれてしまった。すると、運転手が、車内マイクを通して僕らに

折角、順調だと思ったのにねえ
渋滞に捉まっちゃったよ

とほかの乗客がいるのも構わず話してくる。それでも酷い渋滞というほどではない。のろのろとだが確実に少しずつ進んでいるのがせめてもの救い。

これなら大幅なロスはなさそうだ

と思った。そしてその通り、水沢にはそれほどロスすることなく着いた。
あとでわかったことだが、渋滞の原因は水沢観音へ参詣しようとする車を駐車場に誘導する整備員の要領が悪いためだった。もう少し整備員が適切な判断で誘導すれば、山中でこんなに酷い渋滞にはならないだろうと思う。
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熊さん。今のお人で何人目だい?
著者寸描(プロフィル)

浮世名詮〔うきよのめうせん〕

Author:浮世名詮〔うきよのめうせん〕
東西東西~。
さて、これより語りまする者はその名を「名詮」と申しまする。

性格は可成ふざけて居りまして、朝イチから行動すればよいものを、昼も過ぎ、夕闇の濃くなる頃から東都のあちらこちらへ出没し、状況に応じて色々な人物を演じ分ける素ッ惚けた根無し草。

まあ、気楽に気楽にお付き合い下りまするよう、隅から隅まで、ズズいっとお頼み申し上げまする。

先づは

乍憚口上
乍憚口上」つづき
乍憚口上」むすび

を一読下さりまするようお願い申し上げまする。

千穐萬歳大入叶

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ちょいと、そこのお前さん。無視していくんじゃないよ。めうせんの「熊八ブログ」がケータイでも見ることが出来るっていうじゃあないか。おや、知らない?まあ、この人はなんて野暮なことをいいなさんのかねえ。
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