スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

角大師―増補12版

現実逃避を兼ねて、ささやかな御札コレクシヨンを少しく整理してみたら、角大師の札がいくつか追加されていたんで備忘録として。(今後も追加するたびに、ここへ記録していく)
↑ ふと見れば随分増えたな角大師(駄句。2013.1)

少しく聞いたところにによると、比叡山延暦寺西塔のうち「本覚院」にも角大師の御札があるという。マズッた。夏の京都旅行の時はバスやケーブルカーの時間のこともあって横川に専念し過ぎ、西塔はスルーしてしまった。ただし、西塔に本覚院という塔頭があるのかは確認しきれていない。

しかし、まぁ、関東を中心に収集しているけど、随分とあるもんだねぇ…

○定額山善光寺大勧進版⇒平成18年8月28日収集
○東叡山寛永寺両大師版⇒平成18年9月22日収集
○泰叡山瀧泉寺(目黒不動尊)版⇒平成18年11月2日収集
○浮岳山深大寺版⇒平成18年11月12日収集
○福聚山竜泉寺(助戸元三大師)版⇒平成19年1月2日収集
○寺岡山施薬院薬師寺(寺岡元三大師)版⇒平成19年1月2日収集
○春日岡山転法輪院惣宗官寺(佐野厄除け大師)版⇒平成18年11月9日収集
○星野山無量寿寺喜多院(川越喜多院)版
○廬山天台講寺(廬山寺準門跡)版⇒平成19年3月1日収集
○魚山大原三千院版⇒平成19年3月2日収集
○鈴声山真正極楽寺(真如堂)版⇒平成19年5月23日受入
○粟田別格尊勝院版 ※青蓮院門跡主兼務寺院 ※※厄除け札
○正覚山蓮前院安楽寺版⇒平成19年6月23日収集
○拝島山本覚院(拝島大師)版⇒平成20年1月3日収集
○比叡山延暦寺横川元三大師堂版⇒平成20年9月11日収集
○求法寺走井元三大師堂版⇒平成20年11月4日受入 ※比叡山の里坊
○五徳山無量寿院水澤寺(水澤観音)版⇒平成21年1月3日収集
○白岩山長谷寺(白岩観音)版⇒平成21年1月3日収集
○滑河山龍正院(滑河観音)版⇒平成21年9月19日収集
○青柳山談義堂院竜蔵寺(青柳大師)版⇒平成22年1月3日収集
○金鑽山一乗院大光普照寺(金鑽大師)版⇒平成22年1月3日収集
○粟田山口尊勝院(粟田別格尊勝院)版⇒平成22年2月5日収集
○医王山真福寺(石戸厄除両大師)版⇒平成23年1月3日収集
○東頭山無量寿院行元寺版⇒平成24年1月3日収集
○丘林山浄土院華蔵寺版⇒平成25年1月3日追加 ※檀家配布用のため有償頒布せず

(平成25年1月現在、25点<24ヶ寺分>収集)
スポンサーサイト

関東圏元三大師寺リスト(H25増補版)

手許にある手書きの元三大師寺リストから転載。
打ち消し線は、踏破した寺。ただし、本庄市「立岩寺」には角大師の御札なし。
また、「?」がついている寺は、元三信仰の存在を確認できず。
このリストに漏れている分は、「角大師-増補12版」で対照すること。

〈栃木県〉
足利市  竜泉寺(足利)・薬師寺(富田) 
佐野市  厄除大師
日光市  輪王寺→値段が高い(3000円)
〈埼玉県〉
熊谷市  常光寺(熊谷)
本庄市  立岩寺ナシ
北本市  真福寺
児玉郡  大光普照寺
川越市  喜多院
〈群馬県〉
前橋市  青柳大師(竜蔵寺)(前橋中央)
伊勢崎市 華蔵寺→檀家配布用
甘楽郡  宝禅寺(下仁田)
〈千葉県〉
いすみ市 行元寺(国吉)
〈茨城県〉
水海道市 安楽寺
〈東京都〉
台東区  両大師
調布市  深大寺
目黒区  目黒不動
〈長野県〉
長野市  善光寺

関東圏外
〈滋賀県〉
玉泉寺
宝泉寺
西教寺
宝厳寺?
西明寺?
〈岐阜県〉
神戸町  観学院
〈三重県〉
四日市市 観音寺<垂坂山>
〈福井県〉
鯖江市  中道院

角大師

旧鈔堂君が用事を終えて、昨日、無事に戻ってきた。出立前にそれとなく頼んでおいた原了郭の「黒七味」をちゃんと買ってきてくれたことは実に有り難い。尤も容れものは既にあるから、詰替用の小袋でよかったのだが、旧鈔堂君が気を利かせてくれて「丸木筒入り」のご立派な代物になっていた。原了郭ばかり容れものが二つあっても仕方が・・・などといってはいけないな。態々仕事の合間に時間を割いて買ってきてくれたのだから、我儘をいっちゃあ罰が当たるってものだ。
その旧鈔堂君は原了郭のそれ以外にもうひとつ気を利かせてくれたことがある。彼が墓参の序でに立ち寄ったという真如堂(正しくは真正極楽寺)に角大師札があるのを見つけ、僕の代わりに頒けて貰ってきてくれた。これは大出来、大出来。僕の角大師札(門札・元三大師降魔札)のコレクションがまた1枚増えたわけだ。しかし、まあ、各地の角大師札を集めてはそれを眺めてニヤリ、ほぅと喜んでいるなどは明らかに不信心の証拠で不謹慎なことなのだろう。
さて、角大師札がまた1枚コレクションに加わったということで、この札から話を拡げてみようか。
いうまでもなく信仰の厚い前近代にあっては、あのどことなくユーモラスにみえるデザインの角大師も歴とした「ありがたい」護符だった。別名を「門札」などということからもわかるように、家のなかに悪鬼・病魔が入らないようにと願を込めて「外」に向けて門扉や玄関に貼ったわけだ。京都などの街中を歩いていると現在でも、ちゃあんと玄関の外側に貼っている家を所々で見かけることがある。
となるとわからないのは去年の秋から冬にかけてNHKで放映された北原亜以子原作/高橋秀樹主演「慶次郎縁側日記」3の第1回目「峠」(2006年10月12日)および最終回「峠の果て」(同12月21日)に出てくるシーンだ。
あらすじを書いていたら長くなるからここでは省くが、そのなかに登場する四方吉が住んでいる芝宇田川町の長屋では玄関の「内」側にそれが貼ってあるんだよね。
本来、家のなかに厄を持ち込まないために「外」に向けて貼るはづの角大師札を「内」に向けて貼ってしまっては、

悪鬼・病魔が外から入り放題

しかも入ったら最後、内に向けた角大師のせいで悪鬼などが外に出ることが出来ないじゃあないか、となれば宇田川町のその長屋は、

悪鬼・病魔の巣窟

と思うのだが、どうなのかな。
NHKは時代考証や風俗考証もそれなりの学者に依頼していると聞くし、スタッフロールを見れば立派な肩書きをつけた名前が流れている。だから、この角大師札の貼り方もちゃんと根拠があってのことなのだろう。
というか、たかがTVの時代劇の舞台美術に対して、一々文句をつけていたら切がないし、面白味も一気に薄れてしまう。第一、そういう人の粗を捜し出すような行為は如何にも、

野暮で見っとも無いことだ

と周りから怒られそうだから、この辺にしておこう。きっと当時は内側に貼っても

効力になんら問題はなかった

と信じよう。
角大師札の話からはじめて「慶次郎縁側日記」へ話題が移り過ぎた。進路修正したほうがよいだろう。まあ、進路修正できるかは知らないが、取り敢えず(ほかの人にも協力して貰って)自分なりに集めた角大師札をざっと整理しておこうか。

○定額山善光寺大勧進版
○東叡山寛永寺両大師版
○泰叡山瀧泉寺(目黒不動尊)版
○浮岳山深大寺版
○福聚山竜泉寺(助戸元三大師)版
○寺岡山施薬院薬師寺(寺岡元三大師)版
○春日岡山転法輪院惣宗官寺(佐野厄除け大師)版
○星野山無量寿寺喜多院(川越喜多院)版
○廬山天台講寺(廬山寺準門跡)版
○魚山大原三千院版
○鈴声山真正極楽寺(真如堂)版
○正覚山蓮前院安楽寺版⇒平成19年6月23日追加
○拝島山本覚院(拝島大師)版⇒平成20年1月3日追加

まだまだ各地にあろう角大師札は果たしてこの先、どれだけ集まるだろうか。今知っている限りで入手し得ていないものに、

○比叡山延暦寺横川
○三徳山三仏寺(投げ入れ堂)
○正因山実相院妙法寺(蕪村寺)

などがあるが、如何せん東都に住む僕にとっちゃあ遠いんだよなあ。それでも横川なぞは延暦寺の寺域だから頑張れば行けるかもしれない。というか横川が元三大師の本家本元なわけだから、角大師札収集家を目指す者として、矢張りここは一度詣でるべきなのだろう。
しかし、流石に三仏寺のある伯州や蕪村寺の讃州は昼過ぎに出てひょいと行けるところじゃあない。だから、当面は関東のなかで元三大師を祀っている寺を歴巡り歩いて、西側の分は気長に構えることにしよう。
尤も蕪村寺にあってはこの時勢らしくネットで取り寄せることができて、申し込めば角大師札を郵送してくれるとのことだ。しかも御札に大と小がある。

大・小って、札に2サイズあるのはいかがなものか
札の大きさに厄落としの効力も比例するのだろうか

と思う。それにいくら時代が時代だからといって護符の郵送は何となく、運ばれてきている間に効力が少し落ちていそうな感じがして、

ウーム。

と顰め面になってしまう。矢張り、朱印と同じように代参を立ててでも自分の脚でひとつひとつ集めるのがよいのだろう。

足利の厄除大師・その二「薬師寺」

竜泉寺の開帳を拝して本堂を出る。時計を見ると3時近い。もう一ヶ所詣でたい寺が隣の富田駅にある。普段ならば一駅くらいは訳もなく歩くところだが、こうした地方の寺の場合、正月でも閉扉が早いことがあり、清澄氏と相談し、今回は時間的に余裕がないということで電車を使うことにした。これが正解だった。乗ってから、とてもひょいと歩ける距離じゃないことがわかる。都会育ちの無知とはこういう時、恐ろしいものだ。ここは都区内じゃないのだ。
JR両毛線についても、これまた都会育ちの無知からカルチャーショックを受けた。単線なのはまだいいとして、ドアが片方手動開閉式っていうのは初めてだ。大学時代、群馬に住む同期の友人宅へ遊びに行く時に乗ったJR高崎線は車両に由ってボタン開閉式だ。この時も「自分で開ける」というカルチャーショックを受けたが、今回の両毛線はその上を行く。まさか開閉されるのは半分で、もう片方は「手動開閉でどうぞ」とはそれこそ予想外。自分の無知振りを知ると同時に自分で開けるという体験に胸がワクワクした。こういう経験ができるのが地方を歩く醍醐味と言える。
富田駅自体は作りこそ普通だが、その雰囲気は足利駅と違い、実に物侘しいの言葉に尽きる。駅から寺まで歩いて行く道程も同様だ。かなり閑散としている。

こんなとこに目指す寺が本当にあるのか

と少々心細くなる。
目当ての寺は「寺岡山施薬院薬師寺」(通称「寺岡元三大師」)という。旗川という小さな川沿いにそれはあるのだが、清澄氏と行くと何でも適当に都合のいい話を作ってしまう。この旗川もそうで、

「きっと源氏だか平氏だか知らないけど、この川端に幟を立てたから旗川っていうんだよ」
といえば、清澄氏も
「そんなとこだろね」
と納得する。なんの根拠もない話を作り、聞き手は納得する。実に適当な二人だ。

尤も後でこの作り話がまさか的を射ていようとは、この時は思いも拠らなかったが。
薬師寺は竜泉寺に比べれば、周りは畑だかがデンと広がり、そのさらに奥まった丘のようなところの麓にひっそりと鎮座しているのだが、地元の人達の尊崇をかなり集めていると見え、参拝者は多い。
この寺も竜泉寺同様に元三大師を祀った寺だ。寺伝では聖徳太子の建立となっているが、そこへ元三大師を合祀したのは大分遅く、江戸時代も半ば入ってからという。本堂の前で「コンニチハ」程度に手を合わせ、早速、角大師札を頒けて貰おうと授所に向かう。驚いたのは、なんとこの寺じゃ角大師、豆大師の両札ばかりでなく、降魔大師札も頒けて貰えるじゃないか。これはかなり貴重だ。降魔大師札を頒けて貰えるって寺はなかなかない。というか知らない。即座に頒けて貰う。
降魔大師札を貰い、その場で袋から出して思わずニヤリ。端から見れば、

なんだアイツ、御札眺めてニヤついてやがる。危ねえ野郎だ。

と写ったかも知れない。御札見てニヤつくなんて野郎はそうはいなからね。それでも本人にとっちゃあ、矢張り嬉しいわけよ。御札を仕舞うと境内をぐるりと見て廻る。こんな物侘しいとこでも露店がそれなりに出ている。そのなかに混じって、山門脇に「大師茶屋」という店が開いている。茶屋なんて小洒落た名前は付いてるが掘っ立て小屋っていうかプレハブで、檀家だか地元の人だかが営んでる感じだ。ふと目をやると、

いもフライ

と書かれた縦長の紙が貼ってあり、オヤジが一生懸命になって揚げている。
いもフライは隣の佐野市の名物で、蒸かしたジャガイモをぶつ切りにし、串揚げにしたものだが、なんてことはない、串揚げにしないで蒸かしたジャガイモを擂り潰して揚げればコロッケだ。これにソースをかけ回して頬張るわけで、佐野市内にはかなりの数の店が点在している。その佐野名物がなんで足利市にあるんだ、と一瞬、野暮なことを思ったが、もう夕方で寒いし、さっき「志゛まん焼」を食べたけど、また小腹が減ってきたからってことで買う。ついでに甘酒も買い、茶屋脇に急拵えで設置されていた長椅子に腰掛けると清澄氏と一本ずつ頬張る。旨い。意外や意外、このホクホク感がなんとも堪えられない。これなら寒空の下でも缶ビールのほうが、いもフライにはよかったかもしれない。ハフハフと熱さに白い息を吐きながら、あっという間に平らげ、温かい甘酒で寒風に冷えた身体を内側から温めつつ一服。清澄氏と「折角だから、あと一本」ってことで二本包んで貰って寺岡山を後にした。
jrashikaga_st.jpg
↑JR両毛線「足利駅」。隣駅まで長いこと長いこと。
jrtomita_st.jpg
↑JR両毛線「富田駅」
ashikaga_teraokasan_sanmon.jpg
↑足利薬師寺山門。「寺岡山」の扁額が掛けてある。
ashikaga_teraokasan_hondo.jpg
↑足利薬師寺の本堂。

足利の厄除大師・その一「竜泉寺」

足利の古刹といえば、まづ「鑁阿寺」が挙げられるだろう。
名前以外の詳しいことはわからないので、観光センターから貰ってきたパンフを見ると、元々は足利義兼の持仏堂だったものが後に足利氏一門の氏寺となったらしい。当然、参詣者も多く、中央通りから鑁阿寺に向かって行く人々の様子が窺えた。
しかし、今回の目的地は鑁阿寺ではないため、あっさりと通過。中央通りをさらに東進する。足利市のメインストリートといえども街の外れまで行くと商店も疎らになって、より一層物侘しさが増してくる。
商業地域から住宅地域に入る境目あたりに「福聚山竜泉寺」(通称「助戸元三大師」)がある。寺伝によれば、元久二年開創だそうで足利氏の帰依も厚かったという。そんなことよりも驚いたのは行った時、丁度境内の一隅でブラスバンドが演奏していたってことよ。寺院でブラバン? わけがわからない。さらには地元の高校生だかなんだかが、ブラバンが奏でる青森ねぶたの拍子に合わせて「らっせーらー」と中途半端に跳ね人もどきに踊っている。「よさこい」も混じっていたかもしれない。余計に意味がわからなくなる。勿論、ブラバンや跳ね人を取り囲むように地元と思われる人々が集まっているわけだが、寺となにか関わりがあるんだろうか。全く趣旨がわからない。
境内でブラバンに跳ね人もどき。そんな不思議な光景を目の当たりにした寺が、まさか今年の初詣になろうとは流石の僕も予想だにしてないわけよ。じゃあ、なんで鑁阿寺をやり過ごしてわざわざこの寺に行きかったのかっていえば「角大師」の御札(竜泉寺では「門札」と呼ぶ)を頒けて貰うため。
「角大師」というのは天台宗18代座主の慈恵が化身した姿からきた名前で、ほかにも慈恵には「元三大師」という名前もある。これは正月三日に入寂したからだ。慈恵にはまだまだ別名があって「豆大師」「降魔大師」などもそうだ。
この慈恵の姿を象った角大師札をはじめ豆大師札、降魔大師札はいづれも一般に「御姿(もしくは御影)」と呼ばれる御札の系統なのだろうが、そののデザインはちょっと変わっている。「御札」という信仰心の篤い人にとっては、それはそれは有り難いものを取り上げて「ユーモラス」って表現もなんなんだが、兎に角、ちょっと見には「何コレ?」って感じ。それでいて、よくよく眺めているとその形容にいつしか愛着が沸いてくるような御札なのだ。そういう意味では矢張り御札って「有り難い」ものなんだろう。きっと愛着が沸いているから、僕も折を見ては関東各地に点在している元三大師堂を詣でて、「角大師」を頒けて貰っているんだと思う。
本堂の脇に構えてるなにかの「堂」前で角大師の御札も貰ってから、本堂に廻ると地元民がぞろぞろと堂内に入ってくんで、僕も清澄氏も何食わぬ顔して地元民に混じって本堂に入る。丁度開帳していて本尊を拝すことができた。こういう体験ってものは地方のあまり混まない一寺だからこそできるわけで、とてもじゃないが浅草寺やら新勝寺のような各地から大勢が押し寄せるような寺じゃ無理な話というものだ。
ashikaga_ryusenji_sanmom.jpg
↑足利竜泉寺山門。「福聚山」の扁額が掛けてある。
ashikaga_ryusenji_do.jpg
↑竜泉寺のなにかの堂。感じからいえば元三大師堂なのかも。
地味にFC2BlogRankingへ参加
それでは「春夏冬、二升五合」をお願いまして、皆々様の御手を拝借。

FC2ブログランキング

熊さん。今のお人で何人目だい?
著者寸描(プロフィル)

浮世名詮〔うきよのめうせん〕

Author:浮世名詮〔うきよのめうせん〕
東西東西~。
さて、これより語りまする者はその名を「名詮」と申しまする。

性格は可成ふざけて居りまして、朝イチから行動すればよいものを、昼も過ぎ、夕闇の濃くなる頃から東都のあちらこちらへ出没し、状況に応じて色々な人物を演じ分ける素ッ惚けた根無し草。

まあ、気楽に気楽にお付き合い下りまするよう、隅から隅まで、ズズいっとお頼み申し上げまする。

先づは

乍憚口上
乍憚口上」つづき
乍憚口上」むすび

を一読下さりまするようお願い申し上げまする。

千穐萬歳大入叶

熊八ブログをケータイしておくれっ
ちょいと、そこのお前さん。無視していくんじゃないよ。めうせんの「熊八ブログ」がケータイでも見ることが出来るっていうじゃあないか。おや、知らない?まあ、この人はなんて野暮なことをいいなさんのかねえ。
QR
最近の戯れ書き
項目別四方山話
最近のご意見・ご感想
一筆啓上、火廼要鎮(メールフォーム)
「文は遣りたし、書く手は持たず」なんて謙遜、遠慮なぞは無用ってもんでございやす。へい。

名前:
メール:
件名:
本文:

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

月別四方山話
ブログ内検索
RSSフィード
リンク
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。