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神田「いせ源」スナップ

悪い癖で本文が長くなってしまったので、スナップは別枠で…ピンボケたようなのは、酔っ払いが撮ったんだからと、ご容赦をば。
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↑神田「いせ源」の外観
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↑鍋がひと煮立ちするまでの間、付出しで酒
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↑いせ源名物「あんこう鍋」 なんとなくピンボケしてるのはご愛嬌
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↑〆のおじや 矢張りピンボケしているかな?
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↑お新香
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神田「いせ源」

すっかり日も暮れて、流石にソーセージだけでは小腹を満たしたに過ぎず、何かちゃんと食べようということなる。寒いと矢張り温かい物が欲しくなるのは自然なことで、温かい物といえば



のひと言に尽きよう。
鍋も色々とあるが神保町からそう遠くない範囲で食べられる鍋といえば、直感的に小川町の東向う淡路町の「ぼたん」か「いせ源」か。
そこで清澄氏と語らい乍ら神保町を後にし、淡路町まで歩く。目指すは

あんこう鍋の「いせ源」

だ。淡路町一帯は東京大空襲の戦火を奇跡的に逃れた数少ない地区で、昔乍らの建物が幾つか残っている。そのひとつが「いせ源」で、創業は天保元年だというから可成り古い。
引き戸をガラガラっと開ければ、男衆が下足札をくれる。それを持って小気味良いリズムで

とん、とん、とん、とん

と急勾配の階段を上がれば広間・小間が開け放たれ、入れ込み状態になっている。
窓側の空いてる席にどっかと腰を下ろせば、いいタイミングで仲居さんが熱いオシボリを手渡してくれる。呑兵衛なふたりは鍋より前に熱いのを夫々一本ずつ頼む。また、酒だ。どうしようもないね、全く…
名物の「あんこう鍋」を待つ間、硝子越しに薄暗い通りを見下ろすと、向かいの汁粉屋「竹むら」の明かりがぼんやりと点っているのが目に入ってくる。なんとも、

情緒的な雰囲気

だ。ここの一帯だけ、異常な程に目まぐるしく変わる時代から切り取られ、そのまま静止しているようだ。そんな情緒的な風景を眺めつつ、付出しと他愛もない話を肴にして、鍋が焜炉にかけられ煮立つまでの間、手酌しているとなんだかいい気持ちで酔ってくる。
加減を見て仲居がよろしくいった後、お待ちかねのあんこう鍋を突付く。身のプリプリ感、皮のプルプル感が堪らない。西の河豚に対して、東の鮟鱇とはよくいったものだ。熱いところをハフハフし乍ら食べ、更に酒を一本追加。呑兵衛のダメダメ度がまた加速する。鍋の熱気に汗をかき、熱い身を頬張り、酒を呷る。自然と顔が綻んで、話が弾む。いや、食べることに夢中になって話すのも忘れている。

ふう

とひと息入れた頃を見計らって、仲居がすーっと現れる。〆のおじやのお出ましだ。仲居鍋奉行の下、酔っ払っている下手人は大人しくて見入っていると、その手際のよさに

流石

と思わざるを得ないね。無論、味はいわずもがな、だ。しかも、これにお新香をつけた日には、もう何もいわずただただ掻き込むだけだ。
 ……………
そういえば、初めて「いせ源」に登楼したのは2003年1月15日のことらしい。酷く恥をかくのを承知で、当時の日記を少し引用してみようか。

一月十五日(水)晴
朝9時起。朝、ごはん、みそ汁、玉子焼き。朝風呂。国劇にて歌舞伎。キチキチ主演「双蝶々曲輪日記」はキチキチの声が通らなかった。午、楽屋食堂でかつ丼。初めて入った。ちょっと感激。観劇後、地下鉄で淡路町へ。神田須田町の「いせ源」へあんこう鍋を食べに行。良い造りの家。斜め前のおしるこ屋も気になるところ。入ってみたいが高そう。肝刺がメチャうま。(下略)

とある。そして、日記帳の該当ページには、いせ源の箸袋が挟まってあった。この箸袋は今のそれとは一ヶ所違う。2003年当時のは「新橋店」が併記されていた。貴重な資料だから、この箸袋は食物屋コレクションの箱に移しておこう。というか、一度、どんな感じなのかっていうことで新橋店にも行ってみようか。
さらに面白いことは五年前も今回と殆ど同じ景観に興味関心を持っていたことがわかる。違うのは現在(いま)は向かいの汁粉屋「竹むら」も経験済みということだ。

神保町古本祭り

古書店が集中して一個の街を形成しているという世界でも珍しい神田神保町。10月の終わりから11月の頭にかけて「読書週間」ということもあって、恒例の古本市が立ち、靖国通り沿いには古書店の出店ラックがずらりと並んでいる。そして、本の虫が、まさに虫が蛍光灯の明かりに引き寄せられるようにして、ラックの前にひとりふたりと集まり、自分の好みの本を手に取っている。時には真剣な顔をして、まるで白く透き通った絹の如き女性の柔肌に、愛おしさをもってそっと触れるような感じで、丁寧に中身を改めている人もいる。というと表現は気障を超えて呆然か。

午後も3時を廻った頃、清澄氏が先発で神保町へ行き、僕も上野・御徒町をブラブラして夕闇の濃くなった頃、神保町に足を踏み入れる。風も随分と冷たくなってきた。それでも本の虫たちは飽くことなく、次から次へとラックを飛び回っている。
靖国通りを一本南へ入ったすずらん通りでは出版社が夫々特色ある本を並べ、ここも人で一杯だ。そんな出版社のブースの合間合間に屋台が出る。恐らく近くの居酒屋などが開いているのだろう。
神保町に着くと早速、

それっ

と屋台を目指す。そして、タンカレーで濃いめに作ってもらったジントニックの一杯でも頼んでから、物色を始める。その間に清澄氏と連絡を取り、落ち合うと彼もまた喉の渇きを潤すためにビールだ。当然、ふたりとも寒空の下で酒だけじゃあ物足りない。となると、

ツマむもの

が欲しくなる。また屋台に行く。今度は粗引きソーセージの熱いところをハフハフと頬張る。もうすっかり本などはどうでもよくなってきている。ダメダメな二人だ。が、それでも哀しいかな。なんだかんだいっても抜け目なく本を三冊は買ってしまった。

小石川「稲荷萬盛」

次から次へと仕事が押してきて、今月もなかなか更新できない。なんとか寸暇に書こうと思ってたんだが、思うだけで思うように行かないのが悲しい。ていうのは言い訳です。

今日は研修で水道橋に行く。
ここ数日、桜も少しずつ花開き春らしくなってきたかと思えば、今日は一転、冬へ逆戻りしたかのような冷たい雨がシトシトと降って、行き交う人びとみんなして屈めながら歩いている。
水道橋といえばなんといっても後楽園。それも遊園地のほうがまづ浮かぶ。そして、大型スパリゾートのラクーアもある。
遊園地としての後楽園は僕も幼少に何度となく訪れたが、今はすっかりご無沙汰しているね。というか、これといって行く理由がないわけよ。
それに比べて庭園のほうは年に数度は訪れる。元々ここは水戸徳川家のお屋敷。今は庭園として保存されている極一部にしかその面影は留めていないが、往時は東京ドームもドームホテルも遊園地もラクーアも、この庭園と同じ敷地だったわけだ。そう思えば、徳川宗家に繋がる水戸家がいかに大きな家格だったかがわかるだろう。いや寧ろ、地面が広すぎてイメージしにくいやもしれないか。
さて、午前の部の研修が定時より少し早く終わった。折角の都心での昼だ。ここで外に出ないのは勿体無いというものだ。だから、そぼ降る雨にもめげず、

ソレ!

と春日通を西進する。目指すは伝通院だ。
伝通院は家康の母・於大が眠る寺で、正しくは「無量山伝通院寿経寺」といい、小石川伝通院とも呼ばれた徳川家の菩提寺のひとつだ。その伝通院前交差点のところに目指す蕎麦屋「稲荷萬盛」がある。
この稲荷萬盛も正しい呼称みたいなのがあって、「沢蔵司稲荷萬盛」というのだそうだ。
この蕎麦屋はなんでも伝通院にいた修行僧・沢蔵司(実はお稲荷さん)が毎日足繁く(といっても寺の目の前だが…)通ってきたらしい。詰まり、

神様も食した

それはそれは有り難い蕎麦ということなる。そして、お稲荷さんのご加護厚く、以来330年もの間、この地で蕎麦屋として営みを続けているわけだ。
この蕎麦屋の名物は

稲荷箱そば

だ。毎日、初釜で茹で上げた蕎麦は、沢蔵司稲荷に朱塗りの特別な箱に入れて奉納するそうだ。その箱そばを入れ込みに上がって早速に注文する。雨だというに、まだ昼前だというに、お稲荷さんのご加護が為せるのか、店内は既に8割方の客入りだ。
暫くして出てきた霊験あらたかなソレは、手あぶり用の箱火鉢を思わせる大きさの入れ物でなかなか迫力がある。まさに



だ。それをT字形に間仕切り、蕎麦とタンポ、猪口が収まっている。
七色を振りかけ、濃い色をした割りにすっきりめのつゆに三分の一ほど蕎麦をつけ、一気に

ズズーっ

と手繰る…うーむ。なんだかお稲荷さんのご加護・ご利益が自分の身体にも入ってきたような感じだ。と書けば実に単純だと笑われそうだが、鰯の頭も信心からって言葉があるように信じればご加護があるさ。…でも、お稲荷さんだからなぁ、間違って狐憑きにはなりたくないなぁ。したら和尚さんに袈裟を借りなきゃならねえな。輪っかが大事なんだよ。輪っかが。輪なし野郎じゃあダメなんだよ…なんて不信心なことは口が裂けてもいえまい。いや、考えちゃあいけない。
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↑小石川「稲荷萬盛」の外観
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稲荷萬盛の「稲荷箱そば」付け合せの「おアゲ」が程よく甘辛に滲みていてよい。

神保町「いもや」

(普段づけの日記から転載)
雪のち雨。寒い。
所用で夕方から西日暮里へ行。少し時間が空いたのでそのまま御山に向かい、根津で乗車。
新御茶にて下りて三省堂に行。「岡本綺堂随筆集」(岩波文庫)を買う。
月イチの勉強会に出る前に腹拵えということで、浅野屋かいもやかで悩む。で久振に「いもや」に行。天ぷら定食、600円。
いつ行っても変わらない。安定している。ここのいもやは8時まで営業しているのがイイ。
水道橋から乗る。飯田橋下車。6時半着。勉強会、9時終わり。銀座廻りで帰宅、10時半。
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↑神保町「いもや」の外観

神田神保町古本まつり

金曜から読書週間に入ったそうだ。そして、古本屋が密集してひとつの街を形成しているという世界でも稀なる神田神保町では、この時期に合わせて古本祭が盛大に行われ、駿河台下から専修大学前交差点まで続く古本屋には稀覯書を求めて本の虫が各地から集まってくる。僕も学部生の頃からこの祭を「眺め」に行く。勿論、眺めるばかりでなく、本の虫たちに混じって買うこともあるが、仕事の関係で必要な本は大抵目録やネットなりで注文してしまうため、あくまで暇潰しの本を探しに行くといった感じだ。
なかでも「すずらん通り」で開催されるフェスティバルは出版各社がブースを特設して、よくいえば特価本(悪くいえば在庫一掃の品…)を所狭しと並べている。そして、その合間合間を縫うようにして露天も出ていて、焼きそばあり、肉まんあり、カレーにピロシキ、果ては酒も出すといった始末なものだから、まだ外は明るいのにこっちは濃いめのジン・トニックや青島ビールのキンキンに冷えたやつをグビグビとやってよい心持ちになっている。こういう時は財布の紐も自然と緩くなるものだ。
さて、この出版各社の特設ブースは最終日の閉店30分前が面白く、どこもかしこも

持ってけ泥棒!!

とバナナの叩き売りの様相を呈している。一説では、閉店30分前に形相を変えて叩き売るのは、残れば結局ところ在庫物としてまた各社とも持ち帰らなきゃあならない。それならば、一層のこと利益度外視で持って行って貰おうということらしい。だから、30分前になると、日頃は大声など出しそうもないうらなりな社員と思しき人たちが声を張り上げて頑張っている。しかし、所詮はうらなり、

結構毛だらけネコはいじゃらけ、お猿のお尻は真っ赤か…

と寅さん張りの口上で客を引き寄せ、次から次へと捌いているわけじゃあない。ただ只管に、

間もなく閉店時間です!! 安いよ安いよ!!

と叫んでるだけで、何がどう安いのかがわからない。それじゃあ、客だって来ても、

ふーん

という感じで本を手に取るでもなく次のブースに移ってしまうわけよ。
しかし、そういう半ばパニくってるような、アドレナリン大量放出状態の社員がやっているところというのは結構、狙い目なんだよ。某出版社のブースへほろ酔いの赤い顔をしてひょいと現れ、箱詰めのなかから一冊3500円もするシリーズ本の端本を指して、

これいくらなの?

1000円ですけど、800円でいかがでしょ?

いっそ、も一声いこうよ

えーっ、じゃ、おもいきって500円でいかがでしょ?

(思い切ってでその程度か…と思いながらも、この辺が一杯一杯だなと思って)

よし、買った。3冊貰おうか

といえば、在庫整理に一役買ってあげたためか、さらに

それなら、まとめ買いってことで1200円にしておきます

おお、そうかい 悪いね

となる。
こうやって閉店間際は値段交渉していくのが利口というもんなんだけれど、本の虫というやつは根が真面目な人が多いから、こういう遊び方を知っている人が少ない。というか知っていてもできない人が多いといったほうがよいのかもね。
ちょいと話せば定価3500円の本が9割引けの400円。だったら、最初から400円にしろよ、という感もなくはないが、それはそれ。相手はそういう融通の利く手合いが少ない業界の人たちなんだから、無理にやっちゃあ、木阿弥なんだよ。先にも述べたけれど、各社とも在庫を抱えたくなくて「放出」しに来ているんだから、僕みたいに酒を呑み、肉まんの一つでも頬張りながら、あっちへぶらぶら、こっちへぶらぶらと大体を見通して、時間がある限り粘って掛け合うとよいわけよ。
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↑神田神保町すずらん通りのブックフェスティバル ほろ酔い加減で歩くと面白い

猿楽町「浅野屋」

四月も半ばというに、冬並みに随分と寒い。おまけに連日の雨。思わず真冬に着るジャンパコートを出したくらいだ。全くもって異常気象とはこのことだ。
今日は夕方からH大学で大体、月イチの割合で行われている勉強会に出席。小川町の某スポーツショップにも用事があったんで、H大学へ行く前に寄り道する。
小川町のスポーツショップの用事を済ませて時計を見ると、もう5時半を過ぎている。勉強会は夕飯時の6時から9時までと長丁場のため、先に腹拵えしておかないと、流石に持たない。

どこで食べておこうか

と考えながら取り敢えず神保町方面に歩みを進めて、駿河台下の交差点まで来ると、

あまりがっつり食べる気もしないから「いもや」の天ぷら定食じゃあ、ちょいと重過ぎるな
今日は寒いし、矢張り蕎麦だな

とここまで決めたら、直ぐに頭に浮かんだのが猿楽町「浅野屋」だ。そうと決まれば時間もないので一目散に猿楽町に向かう。
「浅野屋」はN大経済学部の直ぐ裏手にある。大正14年からこの猿楽町で営業しているが、老舗の気取りなど全くなく、近くならば出前もしてくれるという昔ながらの街の蕎麦屋だ。近くには蕎麦好きの間では有名な「M」という蕎麦屋もあるが、御茶ノ水界隈で蕎麦を食べるとなると決まって「浅野屋」に行く。理由のひとつは中休みがないから、いつでも入れるためだ。それとここはメニューも豊富、店員も実に気さくで愛想も良い。これも「浅野屋」を贔屓してしまう理由だろう。
暖簾を潜り、席に着くと「とり南ばん」を頼む。寒い時は矢張り温かい蕎麦がよい。いつもなら、ビールの一本も頼んでから、ゆっくりと品書きを眺めて、どの蕎麦にするか決めるところだが、流石に今日はこの後、勉強会に参加しなきゃならないため、酒は止す。
一服していると、少しして注文の「とり南ばん」が来る。時間もないから、早速、七味を振り掛け、熱いのへハフハフと息を吹きかけながら啜る。すっかり冷えている身体には、この温かさが堪らなくよい。鶏肉もよいところを使っているらしく、サクっと噛み切れる。合間合間に程よく濃いつゆを飲みながら、

畜生め
勉強会がなきゃ、このつゆを肴にして一杯呑んだものを

と悔しがる自分がそこにいる。
つゆまで綺麗に平らげるとすっかり身体も温まっている。食後の一服をしている時間はなさそうだから、ごちそうさま、と勘定に立てば奥から店員の

ありがとうございます

の声が響く。そして、帳場から出てくる店員の手には釣銭を想定して、既に用意してあるのは、矢張り客への気配りが行き届いている証拠だろう。こういう何気ない気遣いが実によい。
外は相変わらずの雨。時間はもう6時を指そうとしている。こりゃ、急がないと、と足早に水道橋駅に向かう。
sarugakucho_asanoya.jpg
↑猿楽町「浅野屋」の外観
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↑浅野屋の「とり南ばん」
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それでは「春夏冬、二升五合」をお願いまして、皆々様の御手を拝借。

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熊さん。今のお人で何人目だい?
著者寸描(プロフィル)

浮世名詮〔うきよのめうせん〕

Author:浮世名詮〔うきよのめうせん〕
東西東西~。
さて、これより語りまする者はその名を「名詮」と申しまする。

性格は可成ふざけて居りまして、朝イチから行動すればよいものを、昼も過ぎ、夕闇の濃くなる頃から東都のあちらこちらへ出没し、状況に応じて色々な人物を演じ分ける素ッ惚けた根無し草。

まあ、気楽に気楽にお付き合い下りまするよう、隅から隅まで、ズズいっとお頼み申し上げまする。

先づは

乍憚口上
乍憚口上」つづき
乍憚口上」むすび

を一読下さりまするようお願い申し上げまする。

千穐萬歳大入叶

熊八ブログをケータイしておくれっ
ちょいと、そこのお前さん。無視していくんじゃないよ。めうせんの「熊八ブログ」がケータイでも見ることが出来るっていうじゃあないか。おや、知らない?まあ、この人はなんて野暮なことをいいなさんのかねえ。
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「文は遣りたし、書く手は持たず」なんて謙遜、遠慮なぞは無用ってもんでございやす。へい。

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