新宿「アルルpart2」(初午詣で・大切)

名主の滝を一頻見て、王子駅に向かう。折角だから飛鳥山も寄り道する。しかし、まだ桜の時期には可成り早い。近くの高校の陸上部の練習風景を眺めながら、適当にぶらぶらして去る。

そうだ。久し振りに都電でも乗ろうか

と連れの学生と乗る。夕方の都電は随分と混んでいる。映画「ALWAYS―三丁目の夕日」の頃は至る所を走っていた都電も、今じゃ三ノ輪線しか走っていない。尤も、都電が至る所を走っていた時代は、おっしょさんとかから聞いて知ってるだけで、実際のところを見たことはない。
庚申塚で下りて、天下の「ババ銀」(ババア銀座とは非道え呼び方だあな)こと「巣鴨地蔵通商店街」へ入る。店頭に「これでもか!」というくらい赤い肌着が置いてある。真っ赤で統一された肌着をこれほど大量に見られるのは、この商店街くらいだろう。
とげぬき地蔵(高岩寺)と江戸六地蔵に寄り、JR巣鴨駅に出る。時間はもう夕飯に丁度よいくらいの時間だ。そこで学生に、

あと1キロくらい歩いて駕籠町の「薮」に行くのと、新宿で時間が止まっているような喫茶店に行くのと、どっちがよい

と聞くと、学生は新宿の喫茶店に興味を惹かれたようだ。そこで山手線に乗り、新宿へ向かう。
地下道で三丁目まで出ようと、ルミネエストを通過する時、

そういや、ビールがそろそろ切れそうだったなあ

と思い出し、急遽、戻って「Osakaya」に寄って赤星を2本調達する。ルミネエストの地階は再開発しているのか、随分と閉めた店が目立つ。だから、1番奥まったところにある「Osakaya」は前にも増して目立たなくなっている。なにせ連れてきた学生さえも、

こんなところに、こんな店があったんですか

と驚いたくらいだ。
それと「王様のアイデア」も閉めてしまった。これは哀しいね。
さて、新宿の地下道はこれからどこかへ向かう人と帰る人とで凄い人の波だ。この波をすり抜けるようにして紀伊国屋、伊勢丹をうち過ぎ、都営新宿線の出口まで向かう。そこから地上に出て、花園通りを厚生年金会館のほうに向かって少しばかり行くと、左手に「三番街」という「新宿にもまだこんな商店街があったのか」と思えるくらい時代から取り残されたような地域がある。そして、目指す喫茶店「アルルpart2」はこの商店街の中程にある。外観からしてレトロな感じが十分に漂う喫茶店だ。ちなみに「part2」ということは「part1」もあるんだろうけど、どこにあるかはいまだに知らないんだよ。
この店を知ったのは学生の時だから、もう何年になるだろうか。その時は僕も友人に連れられて来たんだが、その友人も今はどこで何をしていることやら見当もつかない。まあ、それはよい。
ドアを開けると、カランカランとドアベルが鳴る。奥から店員が、

いらっしゃいませ

と声。今日は空いている。適当なソファに座ると、気持ちよいくらいに身体が深く沈む。ふぅ、とやっと一息ついた感じがする。
店内は淡い光で包まれている。所々に統一感のないアンティーク人形のようなピエロやリトグラフが飾ってあり、その合間に水出しコーヒー用サイフォンがいくつかある。手前のドレッサーには流行りの過ぎたアイドルの写真集、奥にはマンガ本がずらりと並び、柱時計は30分ごとに、ボーンっと鈍い音色の鐘を鳴らす。喧騒な新宿にあって、ここはすべてがゆっくりとしている。まさに時代の流れに動ずることなく、自分のペースで歩んできたような感じだ。
この店の名物はなんといってもワッフルと飲み物(コーヒー、紅茶、ココアのうち、いづれか)のセット「タンゴセット」だろう。タンゴとはこの店が以前に飼っていた愛犬の名だ。そして、この店の最大の特徴は、店員心配りが絶妙だということだろう。
出しゃばらず、だからといって客を放っておいてるわけでもない。絶妙のタイミングを知っている店員のサーヴィスは、

もてなしの心

を地で行っている。

まるで、老舗の料亭のような心遣いだ

といったらちょっと気障っぽいかな。しかし、こればかりはずらずらと字面を並べ立てるより、兎に角、一度、自分で足を運んで見ればわかるよ。初めて入った店のはづなのに、まるで自分も昔からここの店に通っていたかのような感じだ。

また来くるよ、マスター

と、そんな気持ちになる。どこの街裏にもあるような普通の喫茶店なのだが、いままで連れてきた人達はみんな、店を出ると満ち足りた感じの顔になっている。
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↑新宿「アルルpart2」の外観
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↑アルルの「オムバーグ」。この店はプレートものもよい
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新宿「永坂更科布屋太兵衛」出店

スカラ座を出て時計を見ると6時半少し前。いい時間だ。取り敢えず新宿駅方面に向かって歩くと街はリーマンでごった返してる。
久し振りなんで寄り道しようと、AVIREXに入ってパンツを物色するが、どうもイマイチ食指が動かないから何も買わずに出る。その後、紀伊国屋に寄り、雑誌を買う。

「東京大人のウォーカー[早春号]浅草・上野のうまい店30軒/食人探訪「銀座・新橋」/名城で桜」(角川クロスメディア,2007年3月号)

これは面白そうだ。
ちょっと寄ってただけのはづが、もう7時を15分も過ぎている。駅地下のルミネエストの一隅で、

さて、どうしよ、か。何を食べるかな

と考える。候補は三つ。新大久保の「近江屋」と三丁目の「味さんじょう」と高島屋のなかの「布屋太兵衛」だ。時間的に外の場所に移動する余裕はないから、この三店に絞るしかない。

布屋太兵衛はまだ行ったことなかったな

と決めて、再び地上に出ると高島屋に向かって歩く。この時間になると風も随分と冷たいから、自然と歩みも速くなる。
新宿高島屋の食堂街(レストランズパーク)に入っている「永坂更科布屋太兵衛」の本店は麻布十番に構えていて、ここは出店だ。麻布十番といえば布屋から大して離れてないところにある「更科堀井」も有名だ。というよりも「更科堀井」が本来の「布屋太兵衛(永坂更科)」で、たしか戦後の食糧難・経営難の時に自分達が生き抜くために、寛政期から続く登録商標を売ってしまったというわけだ。そういう意味では今ある「布屋太兵衛」は別系統の店だといってよい。
新宿の布屋はなかなか小洒落た落ち着いた作りで、大きな窓からは南口の夜景が眺められる。店全体でゆったりとした空間を演出しているが、妙に優しい感じの明るさが少し面白くない。テーブルの上に吊り下げられた淡い照明に夜景はカップルにはたしかにいいムードを演出しているが、一人でふらりと入ったら味気もあったもんじゃない。況してや窓側の席に案内されると、

なにも蕎麦屋でそんなにムードを作らないでもいいじゃあないか

変なところで臍を曲げてしまう。曲げながらビールを付出の枝豆でちびちびとやっていると名物の「御前そば」が運ばれてくる。更科特有の白い蕎麦がさらに白味がかっている。
堀井もそうだが、布屋の蕎麦は客の好みに応じようと最初から「から汁」と「あま汁」の両方のつゆが用意されている。これをそのまま、からくち、あまくちで蕎麦を手繰るもよし、二つを混ぜ合わせて程よい味のつゆを自分で作るもよし、といった具合だ。僕の場合はからくちで蕎麦を手繰り、あまくちで蕎麦湯を飲む。
真っ白の蕎麦にたっぷりと七味を振り、ちょこっとだけつゆをつけて素早くズズーッと手繰る。今は新蕎麦の季、堂々と?このズズズっと音を立てて、ひと噛みふた噛みで喉の奥に送るのが実に気持ちよい。合間合間のビールも程よく、キレイに蕎麦を平らげたら、残しておいた薬味の葱を落として熱い蕎麦湯を注ぐ。そして、ゆっくりと飲む。
折角の新蕎麦に薬味の葱は余計だ。葱の匂いが蕎麦の香りとぶつかってしまうから、どうしても葱が入れたければ、食べ終わった後に入れて、蕎麦湯で飲むのがよい。そうすれば蕎麦の邪魔にもならないし、葱の匂いと食感が楽しめる。
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↑新宿出店「布屋太兵衛」の外観
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↑布屋のビールと枝豆
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↑布屋の「御前そば」

映画「犬神家の一族」

夕方、久し振りに新宿三丁目のレインボーヴィレッジのなかにあるスカラ座に映画を見に行く。先月(昨年末)から公開していた市川崑監督・石坂浩二主演「犬神家の一族」は1976年のリメイク版だが、正直言って前作を凌駕するものではなかった。
あまり前作贔屓にはなりたくないんだけど、どうしても同じ作品を同じ監督が作ったら、「あの時はどうだった」とか比較してしまう。
前作はテレビで過去に何度か見たけど、矢張り監督も周りもまだ若かったから全てがエネルギッシュだったように思うな。セットの作りなんかも全然、重厚感が違う。同じ金箔を押した襖でもね、前作はおどろおどろしさっていうか大屋敷の持つ重い雰囲気が出てたんだよ。
それにキャスティングも石坂は老け過ぎて論外。テレビでやってた古谷一行の金田一に雰囲気が随分近くて、原作からかけ離れた感じは否めないね。まあ、映画と原作は違うものとすっぱり切り捨てればいいのかもしれないけど、それでも、

年とったなあ
リメイクだからってなにも金田一まで石坂にすることもあるまいに

という感じだ。
松子にしてもそうだ。前作の高峰三枝子の方が、今回の富司純子の松子より数段にふてぶてしさがあって、それでいて矢張り子供を必死に守ろうとする母親の健気さが出ててよかった。今回の富司は子供を必死に守ろうとするところはよく表現できてたけれど、高峰がやったようなあの女の持つ独特のふてぶてしさが感じられなかったなあ。
エンディングも前作とまるっきり同じじゃあ芸がなくて詰まらないけど、それを別にしても金田一の飄々とした雰囲気がうまく醸し出されてなかったように思う。全体的に消化不良気味。

早稲田「亀鶴庵」

午後の早い時間から、用事で早稲田に行く。用事を一頻済ませたら、もう夕方だ。大寒を過ぎたとはいえ夕方になると寒い。早稲田の学生もぞろぞろと帰っていく。僕も一緒になって地下鉄の駅に向かって歩くが穴八幡宮の前に出ると、ふと、

久し振りに早稲田の古本屋街を覗いてみるか

と思い立って、坂を上る。早稲田の古本屋街は神田神保町の古本屋街ほどではないにしても、古本屋が密集している地域でそれなりに良質の本が揃う。近頃流行のマンガ本を専らとする大手チェーンもさすがにこの古本屋街のど真ん中にはない。もっとも地下鉄駅の近くには〔B〕っていう古本屋ができてるらしいが、まだ行ったことはない。まあ、行ったところで、それほど期待できそうなものもないだろう。
高田馬場に向かう道をのんびりと歩き、店頭のラック本を眺める。今日は本格的に本を探してるわけじゃないから、気楽に眺める。こういう専門書を扱う古本屋もたまにラックで面白い本を出してことがある。大体は全集の端本やら新書、ありきたりの文庫といったところだから、あまり期待はしない。この期待していないからこそ、見つけた時は即買だ。今回は某店のラックで古雑誌を2冊購入する。

「国文学―解釈と教材の研究/食の文学博物誌」29巻3号(1984年3月)
「同上/近松・語りの世界劇場」30巻2号(1985年2月)

また高田馬場駅まで進もうとして、直ぐ前で「亀鶴庵」の看板ランプが光ってるのが目に入る。寒くなってきたし、時間ももう6時に近いし、ちょっと軽く何か腹に入れておこうかと暖簾を潜る。
建物もさることながら、店内も昔ながらの町の蕎麦屋で、外には出前バイクもある。随分と前からここにあることは知っていたが、早稲田に来る時は大概、この店が中休みの時間帯ってやつで、夕方ともなれば早々に地下鉄の早稲田駅から乗ってしまうことが多いから、なかなか縁がなかった。
寒いから、まづは温まろうと酒を燗にしてもらう。入れ込みの座敷に置いてあるテレビで流れているニュースを見ながら、熱い燗酒をグイッと一杯飲み干すと、喉から食道にかけて熱さが拡がってくる。ふぅと一息ついて、もう一杯。ここで一服して、店のオバちゃんに「ねぎせいろ」を頼む。
少しして出てきた「ねぎせいろ」はつゆから湯気が立ち込めて、いい匂いがする。早速、蕎麦に七味を振り掛けて熱々のつゆに浸すようにつけて啜る。つゆのなかには葱と刻んだゲソ天が入っている。濃いめのつゆがゲソ天の衣に染みていて、これを蕎麦と一緒に啜るともう堪らない。熱燗がさらに旨さを助長する。ねぎせいろといえば上野の駅前にある「翁庵」もよいが、この亀鶴庵のそれもよい。あっという間に平らげて、蕎麦湯でつゆを飲み干し、合間に酒を流し込む。自分では、

ほんのりと赤い顔になったかもな
まあ、いいや。赤い顔してて恥ずかしい時間でもあるまいし

と思いながら、つゆを最後まで飲み、さらには蕎麦湯で碗を洗うようにして飲み干すと、もう6時を30分も過ぎている。「ごちそうさま」って声を掛けて外に出ると、日もとっぷり暮れていた。高田馬場まで歩くのは止めにして、今来た道を早稲田駅のほうに引き返す。
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↑早稲田「亀鶴庵」の外観
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↑亀鶴庵の付出で熱燗をまづ一杯
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↑亀鶴庵の「ねぎせいろ」

十二社の森

能登治でゆったりと午後のひと時を過ごし、ちょいといい気持ちで外に出る。

「さて、久し振りに映画でも見るかな」

と思い、早速地下鉄で新宿に移動する。しかし、能登治でのんびりし過ぎたためか仲間由紀恵主演「大奥」と石坂浩二主演「犬神家の一族」のいづれも新宿三丁目に着いた時分には上演が始まってしまい断念する。それならコマ劇のほうも行ってみようか、という気はない。上映は大体似たり寄ったりの時間だからだ。

「こうなったら十二社でもお参りしてこよう」

十二社は新宿西口の都庁裏にある中央公園の一隅に鎮座している熊野神社のことだ。正確には十二社の森が中央公園になったといったほうがよいだろう。江戸の頃は日帰り行楽地の一つだったらしいが、当然そんな面影など高層ビルの森に囲まれた現在にあろうはづがない。それでも冬の夕闇が濃くなる頃に行き、都庁の裏にも拘わらず鬱蒼と茂った森に佇んでいる熊野神社の姿を見ると一瞬、

ここが都庁の真裏だとはねえ…

くらいには思えるかもしれない。
参拝を済ませてから社務所に寄る。都内でもこれくらい大きな熊野神社となれば、ひょっとして「牛玉宝印」の御札があるかも知れない。そう思って聞くと見事に撃沈した。東京でもいくつかの神社は「牛玉宝印」の札を頒けてくれるらしのだが、いまだに何所だかわからない。
そして、今日は久保町砂場、映画、牛玉宝印と撃沈することが多い。
ちょっと「牛玉宝印」について脱線しておこうか。
この「牛玉宝印」札は神棚に祀るような定番の短冊形のものではなく、半紙の半切くらいある紙に独特の字体(カラス文字と呼ぶこともあるらしい)で書かれたものだ。色々な系統のものがあるが、やはり熊野本宮のものが第一だ。ちなみに僕は相州大山の大山寺版宝印(大山寺では「カラス札」と呼んでいる)は持っている。
この札は裏面に武将が起請文を書くことで知られているが、僕などには武将の起請文より、遊女の起請文ってほうのイメージが強い。好きな男と逢瀬の約束手形として遊女が差し出す起請文。こんなものを頂けるのは男冥利に尽きるってものだ。なにせ書けば熊野の使いである烏が三羽死ぬわけだ。熊野の霊獣を殺してまで「ぬしさんのために」と誓われて嬉しくない人はそうはいまい。しかし、

傾城の恋はまことの恋ならで金持つて来いがホンのこいなり

という核心をついたような狂歌があったはづ。それとも落語の枕だったかな? この狂歌だったか枕だったかを同じ園内の「白糸の滝」前にあるベンチで都庁を見上げながら一服してて「なんだっけなあ、こんな感じだったかなあ」程度で思い出し、手帳にメモってしまった。あくまでメモだから正確なやつはわからないけど、家のどこかにある本を開けば出てくるよ。たぶん。わざわざ調べる気はないけど。
まあ、正しい台詞がわかろうとも、貧乏神の氏子である僕には遊女の願いを叶えてやるなどは到底無理な相談だ。遊女とよい男は所詮相容れぬ存在なのかもしれない。
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↑新宿中央公園の白糸の滝前から眺めた都庁
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それでは「春夏冬、二升五合」をお願いまして、皆々様の御手を拝借。

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熊さん。今のお人で何人目だい?
著者寸描(プロフィル)

浮世名詮〔うきよのめうせん〕

Author:浮世名詮〔うきよのめうせん〕
東西東西~。
さて、これより語りまする者はその名を「名詮」と申しまする。

性格は可成ふざけて居りまして、朝イチから行動すればよいものを、昼も過ぎ、夕闇の濃くなる頃から東都のあちらこちらへ出没し、状況に応じて色々な人物を演じ分ける素ッ惚けた根無し草。

まあ、気楽に気楽にお付き合い下りまするよう、隅から隅まで、ズズいっとお頼み申し上げまする。

先づは

乍憚口上
乍憚口上」つづき
乍憚口上」むすび

を一読下さりまするようお願い申し上げまする。

千穐萬歳大入叶

熊八ブログをケータイしておくれっ
ちょいと、そこのお前さん。無視していくんじゃないよ。めうせんの「熊八ブログ」がケータイでも見ることが出来るっていうじゃあないか。おや、知らない?まあ、この人はなんて野暮なことをいいなさんのかねえ。
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一筆啓上、火廼要鎮(メールフォーム)
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