スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

[我楽多品-7]千木筥(芝大神宮)

法寸:たて8.5×よこ5.5×高さ10.5 (cm)
数量:1個
購入場所:芝大神宮(東京都港区芝大門1丁目)
購入日:平成19年5月6日

shiba_shibadaijingu_chigibako.jpg


有り難い御札ばかりが神社仏閣から入手できる「アイテム」でないことは周知のことだろう。御札のほかにも「縁起物」と呼ばれるアイテムもまた神社仏閣から入手できる。
そこでご利益コレクションのなかから、気分転換も兼ねて「縁起物」をいくつか選び公開する。
展示替え第一回目は芝大神宮の「千木筥〈ちぎばこ〉」。千木が「千着」に通じることから、箪笥に仕舞っておくと一生、衣類には困らないらしい。
本来は「だらだら祭り」の時に限定されていた女性向けの「縁起物」。
スポンサーサイト

[我楽多品-6]鬼大師札(寺岡山薬師寺版)

法寸:たて27.0×よこ11.5 (cm)
数量:1枚
購入場所:寺岡山施薬院薬師寺(栃木県足利市寺岡町)
購入日:平成19年1月2日
備考:別名「元三大師降魔之尊像」または「降魔大師護符」

twraokasan_yakushiji_onidaishi.jpg


角大師の亜種とでもいうべき鬼大師。角大師のデザインが随分とコミカルなのに対し、鬼大師はなかなかに禍々しいというか迫力がある。角大師・豆大師と比べて頒布している寺院が可成り少ないレア札。
寺岡山で見つけた時は即買してしまった。

映画「しゃべれども しゃべれども」

夕方、池袋のメトロポリタンにあるシネ・リーブル池袋に国分太一主演「しゃべれども しゃべれども」を見に行く。
内容は国分演じる二つ目の噺家・今昔亭三つ葉がひょんなことから「話し方教室」を開くことになり、素人に話し方を教えているつもりが、彼らと接しているうちに実は自分も話すことの妙意を教わっていて、ひと回り大きく成長するといったものだ。
中身が中身だけに一歩間違えるとチープになりやすい難しい作品だが、国分はよく頑張って演じていた。2時間弱という上映時間も丁度よい。最近の作品は洋の東西に拘わらず2時間超が普通となっているなか、この作品は時間を短くした分、内容が濃いものに仕上がっている。
それにしても国分の噺家振りはなかなかに板に付いた感じがしてよかった。メディアで「師匠、師匠」と煽てられてイイ気になっているどこぞの(自称、勘違い)脱税していた大名跡の噺家より、格段に上手く遣って退けたんじゃあないかな。というか、根岸の噺家に関しては周りも煽て過ぎだよ。現在の噺家業界はそんなに人がいないのかね。
唖然としたのは、私鉄や地下鉄駅に置いてある新聞仕立てのフリーペーパの特集記事。「浅草といえばこの人」と冠してインタビューしていたが、あの噺家は浅草じゃなくて根岸だろ。先代は田原町だったから、まだ「浅草」という言葉を冠してもよいが、根岸を浅草に組み込むのは如何かと思うね。また根岸のそれもしたり顔で語っているんだから、手に負えない。恥ずかしくないのかねえ。
まあ、このまま脱線していたら、どんどん明後日の方面に行ってしまうため、話を本題に戻そう。
さて、この映画の魅力のひとつは東京の風景だろう。下町の風景としてもよい。勿論、実際にある下町の風景ではない。東京のあちらこちらに辛うじて残っている建物や露地などといったものを上手に継ぎ合わせて仮想の下町を構築している。ただ「Always―三丁目の夕日」のようにCGとセットで構成された丸っきり架空の下町というのではなく、今なお現役のそれを使って繋ぎ合わせることで、なんとなく実際にありそうな下町の風景を出しているところがAlwaysのそれと比べてはるかに現実味があってよい。尤もひとつひとつは現実にある風景だ。
もうひとつの魅力は伊東四郎だろう。流石にその演技は安心して観ていられる。役は三つ葉の師匠・今昔亭小三文だが、伊東は役ではなく噺家そのものなんじゃあないかといった雰囲気を全身から醸し出している。伊東がどの噺家の雰囲気を参考にして役作りに挑んだのかは知らないが、飄々としながらもその実は弟子のことをちゃあんと気に掛けている職人のような師匠振りは、彼じゃなきゃできなかったかもしれないね。
あと、印象に残ったのは噺家の日常生活の細かいところがよく活写されているところだ。
噺家は噺の腕ばかりに日々研鑽を積んでいるわけじゃなく、素養のひとつとして「かっぽれ」などの座敷芸も身につけている。去年の新橋演舞場で「小さん襲名口演会」があった時も景気付けでかっぽれのひとつ「奴さん」を演じていたが、その稽古風景となるとどのようなものかは知らなかった。それを映画のなかで、ちゃんと採り上げているのは大したものだと感心したね。蛇足だが実のところ、僕も時間と先立つものがあれば「かっぽれ」は習ってみたいんだよね。
さて、最後にひとつだけ問題点を挙げておこうか。この作品は「劇中劇」ならぬ「劇中落語」も見どころで、国分や伊東が随所で噺の部分部分を演ってくれているのだが、問題は今の若い層に落語の筋を知っているものが少ないってことだ。極力、落語の知らない人でも親しみ易いメジャーどころの「まんじゅうこわい」や「たらちね」「火焔太鼓」などを選んではいたが、今イチ、観客の反応がなかったように感じたの僕だけかな。

浅草「リスボン」

府中の友人と午後から会う。汗ばむほどの好天のため、待ち合わせした上野の御山は凄い人出だ。当初は池之端の「蓮玉庵」で蕎麦を手繰ってから御山を横断して、谷中の「いせ辰」に行き、夏向きの風呂敷のひとつでも買ってから「芋甚」のアベックアイスで一服、夕闇の迫る頃に浅草へ出ようと考えていたのだが、あまりの人出に辟易してしまい、御山を突き抜けての谷中行きを諦め、地下鉄で直ちに浅草へ向かった。
しかし、浅草は浅草で矢張り凄い人出だ。二人とも昼飯がまだだったため、軽く食べてから行動しようということになり、

何を食べよか

と考えるが、汗ばむ陽気には矢張りさっぱりと「蕎麦」がよいだろうってことで、大川橋を渡って「やぶそば」に向かう。日差しは強いが川面を渡る風は実に爽やかだ。こういう風を薫風というのだろう。
休日ということもあって昼も大分過ぎたというに「やぶ」はなかなかに盛況だ。まづはビールを頼み、付出の蕎麦味噌で一杯やっていると、少しして胡麻汁蕎麦が来る。胡麻の汁の風味が堪らなくよい。これをさっと手繰り、合間にビールを呑む。休日だとはいえ昼下がりのビールはなんとも贅沢な気分にさせてくれる。こういう陽気な日中のビールは酔うのも早い。そして、その酔いが気持ちよいわけだ。
まあ、それはよいとして、府中の友人は小柄乍ら大食漢でまさに今し方、蕎麦を手繰ったばかりというのに店を出て、直ぐに

腹減った
何か食べたいよ

という。流石にこれには呆れるばかりで開いた口が塞がらないが、取り敢えず大川橋を渡り、浅草に戻ると門前の「亀十」に寄って名物の「どら焼き」を買う。今度は歩きながら食べる。亀十のどら焼きは相変わらず生地がフワフワと柔らかい。初めて食べた友人はエラく気に入ったらしい。

これならいくらでも食べれる

と亀十のどら焼きに大層ご満悦の様子だ。
浅草は新宿や渋谷と比べれば街の規模は断然小さいが、それでも手拭屋、扇屋、瀬戸物屋などあちらこちらを冷やかし半分でグルグルと見て廻れば、たっぷり2時間は掛る。
流石に僕も少しく歩き疲れ、小腹が減ってきた。友人に至ってはすっかり腹が減っているようだ。時計を見ると5時に近い。それならってことで、まづ「神谷バー」に向かうが1階2階とも大変な繁昌振りで、順番待ちしている合い間に外の店に行って食べられようほどだ。そこであっさりと神谷バーを辞めて、すしや通りからブロードウェイ商店街へ出る。

なにがブロードウェイなんだか

皆目見当がつかない。浅草六区のままでよいと思うのだが、こういう安っぽさが下町の魅力ともいえよう。
目指した先はそのブロードウェイ商店街を少しく進んだところにある洋食屋の「リスボン」だ。この店の直ぐ近くにはテレビ・雑誌でお定まりの超有名な「浅草の~」と冠する洋食屋〔Y〕があるため、ついつい見過ごされがちだが、この「リスボン」も歴とした老舗で浅草の繁華街にあって昭和7年から洋食屋を営んでいるという。
店内はいかにも下町の洋食屋そのものといった感じだ。適当な席に着けば、直ぐにオバちゃんが冷水を持って現れる。一見した感じは無愛想で取っ付き辛いが、下町で食べ物屋を営んでいるところのオバちゃんには往々にしてあることだ。しかし、無愛想でもちゃあんと客の様子を把握していて、例えば水がなくなろう頃には黙っていても新しい冷水を持って来てくれる。「そんなのはどこの店だってやってくれる。当たり前のことじゃあないか」と思うだろうが、注ぎ足しに来るのではない。新しいコップに冷水を並々と入れて持ってきてくれるのだ。無愛想な見た目とは裏腹に細やかな気配りだ。今、こういう何気ない気配りをしてくれるのは、あと新宿の「アルル」くらいしか知らない。
少しして料理が運ばれてくる。ここの料理はどれもよいが、特に「ポークソテー」が気に入っている。この店のそれは大振りに切ったやつをじっくりと丁寧に焼き色をつけ、そこへ肉汁と調味料とを合わせて作ったソースを掛けまわして供される。その熱々のところへたっぷりと溶き芥子を塗って頬張ると、もう堪えられない。自然にニッコリと笑みが浮かんでしまう。多分、これにビールなぞをやろうものなら最高の肴となるだろう。
すっかり平らげてよい心持ちで、

ごちそうさま

と帳場に声を掛けて支払いを済ませれば、相変わらずオバちゃんは無愛想だが、ひと言、

また、どぉぞ

と背中に声。僕も入口手前でもう一度、誰にいうともなく、

ごちそうさま

といって店を出た。
店に入った時は取っ付き辛いオバちゃん達と感じる人も、細やかな気配りとたっぷりとした料理を味わえば、きっと店を出る時にはあの無愛想なところにもどことなく下町のオバちゃんらしい温か味を感じられることだろう。

外は次第に夕闇が濃くなり、日中に増して爽やかに風が吹き抜けていた。
asakusa_risbon.jpg
↑浅草「リスボン」の外観
asakusa_risbon_porksaut.jpg
↑リスボンの「ポークソテーとライス」 溶き芥子をたっぷり付けて食べると堪らなくよい

居酒屋あれこれ

彼女のことは最初、「襲紅紫〈かさねのこうし〉」と名付けて書き進めようと思ったが、

私はその人を常に「染姐〈そめねぇ〉」と呼んでいた。だからここでもただ染姐と書くだけで本名は打ち明けない。

ということで、矢張りいつも呼んでいる名前のほうがよいだろうと勝手に思う。
染姐は「ワインと薔薇とチーズ」に満ち足りた暮らしを桃花源としていて、実際にワインも薔薇もチーズもそれなりにあるにはあるのだが、桃花源には程遠いようだ。世の中そんなに甘くはないってことだね。
染姐とは月イチ若しくはふた月に一度くらいの割合で呑んでいる。女性に対して「酒はイケる口」という言葉が褒めているとは思わないが、まあ、なかなかに嗜むひとだ。ただ僕と呑む時は度を越すことはなく、どうやら自分の限度というものを心得ているらしい。
そういう意味では明治の女流作家・長谷川時雨に似ている。確か彼女は厳格な家庭で育っているのだが、唯一、酒だけは父親も可成り甘くて、幼少の頃から鍛えさせられたらしい。母親も社会に出た時、粗相しないように今のうちから自分の呑める量を知っておくべきだということで、五月蝿くいわなかったという。なんだかなあとは思うが、間違ってはいないな。
さて、話を戻そう。
染姐と呑む時は地元の居酒屋が多い。それも駅前などを拠点にしている大手の居酒屋ではなく、個人経営で静かに飲ませてくれるところだ。そういった静かに呑める居酒屋は大概、染姐が前以て探してきてくれる。地元の呑み屋に関しては、僕などよりはるかに、

目鼻が利く

ひとなのだ。例えば僕が気に入っている千住の「うさぎ家」などは彼女からすれば、

やっと知ったの

というところだ。それほどまでに地元の呑み屋に関しては彼女のほうが上手で、その上、選んでくる店にハズレが少ないというのも流石だ。尤も過去に二、三軒は失敗したこともあるが、それはそれでお互い「よい勉強になった」というもので、そういう時は一軒目を適当なところで見切りをつけて引き上げ、別の店で呑み直せば済むことだ。
染姐に薦められた店で印象深かったのは千住の「萌蔵」だ。その店は千住のなかでも可成り露地裏にあって、人がすれ違うのもやっとというくらい細い露地を進んだところにある。まさに、

こんなところに呑み屋があったのか

と思えるほどだ。
その萌蔵は昔乍らの町家を呑み屋に改装しており、店内は若干の悪趣味も含めた民芸調のディスプレイで統一されている。食器も伊万里だの印判だの所謂骨董品を使っているが、決して質のよい伊万里や印判でないため、貫入していたり口が欠けていたりするが、それは愛嬌ということにしておこう。まあ、柳宗悦も「用途の美」といっているように食器は使ってこそ栄えるものだから、貫入もまた味わい深いものだと思うようにしよう。
萌蔵で出す肴はどれもよい。流石は染姐が薦めるだけはある。なかでも風呂吹き大根は格別で、大根のなかを少し刳り貫いて玉子を出しで溶いたのを注ぎ、も一度蒸し上げてから白髪葱と三つ葉を添えて供される。要は風呂吹き大根を器に見立てた茶碗蒸しだ。これが日本酒と非常に相性が良く、熱々のところをハフハフと息を吹き掛け乍ら頬張るともう堪えられない。
それと竹ノ塚の「旬菜話食・茶の間」もよい。バス通りに面しているそれは僕も染姐も以前からそこに構えているのを知ってはいたが、入口をレンガ塀で鍵形に囲んでいる上に間口の狭さもあって、なかの様子が伺えず、一見すると入り辛そうな感じも受ける。
しかし、いざ入ってみれば店内は至極明るく清潔な感じで、家庭的な雰囲気をよく醸している。最近流行りの照明を落として隠れ家のようなムードを作る店もよいが、この店のように明るくても静かに呑める店もよい。この店はよい酒を出し、料理もたっぷりとしている。また、食後のデザートもなかなかイケる。彼女の話によれば、

板場を預かっている一人は元パティシエらしい

という。これを聞いたからとて板場を一生懸命に切り盛りしている男衆を見遣って、

一体、誰がパティシエだったのか

などと野暮な詮索は無用のことだ。要は注文したデザートを食べてみてよければそれで十分なわけよ。そして、僕にはここのデザートはイケる。ただそれだけのこと。
二人であれこれと話しながらよい酒を呑み、たっぷりとした料理を食べ、口直しに食後のデザートを平らげると、軽く2時間は過ぎてしまう。その2時間が「あっ」という間に過ぎるほど、実に居心地がよい。
そして、驚いたのは価格が実に良心的ということだ。二人で鱈腹呑んで食べてで勘定をして貰ったら、その値段に、

ほぉ

と驚きの声を漏らしたほどだ。これは僕が口で説明するより実際を見たほうがよいだろう。
そういえば書いてて思い出したが、竹ノ塚といえばもう一軒、沖縄料理の「ゆくい」もよかった。ここの「ゴーヤーチャンプルー」はたまに食べたくなる。出来立ての熱いところをざっくりと摘み、採皿など使わず、そのまま一気に頬張ればゴーヤーの苦味と沖縄豚のベーコンの旨味が口一杯に拡がる。これに泡盛のひとつでもやれば、もう堪えられない。
senju_moezo.jpg
↑北千住「萌蔵」の外観
senju_moezo_daikon.jpg
↑萌蔵の「風呂吹き大根」
takenotsuka_chanoma.jpg
↑竹ノ塚「茶の間」の外観
takenotsuka_chanoma_puddings.jpg
↑茶の間の「季節のプリンと黒ゴマプリンの黒蜜がけ」
takenotsuka_yukui.jpg
↑同「ゆくい」の外観
takenotsuka_yukui_goyachampuru.jpg
↑ゆくいの「ゴーヤーチャンプルー」
地味にFC2BlogRankingへ参加
それでは「春夏冬、二升五合」をお願いまして、皆々様の御手を拝借。

FC2ブログランキング

熊さん。今のお人で何人目だい?
著者寸描(プロフィル)

浮世名詮〔うきよのめうせん〕

Author:浮世名詮〔うきよのめうせん〕
東西東西~。
さて、これより語りまする者はその名を「名詮」と申しまする。

性格は可成ふざけて居りまして、朝イチから行動すればよいものを、昼も過ぎ、夕闇の濃くなる頃から東都のあちらこちらへ出没し、状況に応じて色々な人物を演じ分ける素ッ惚けた根無し草。

まあ、気楽に気楽にお付き合い下りまするよう、隅から隅まで、ズズいっとお頼み申し上げまする。

先づは

乍憚口上
乍憚口上」つづき
乍憚口上」むすび

を一読下さりまするようお願い申し上げまする。

千穐萬歳大入叶

熊八ブログをケータイしておくれっ
ちょいと、そこのお前さん。無視していくんじゃないよ。めうせんの「熊八ブログ」がケータイでも見ることが出来るっていうじゃあないか。おや、知らない?まあ、この人はなんて野暮なことをいいなさんのかねえ。
QR
最近の戯れ書き
項目別四方山話
最近のご意見・ご感想
一筆啓上、火廼要鎮(メールフォーム)
「文は遣りたし、書く手は持たず」なんて謙遜、遠慮なぞは無用ってもんでございやす。へい。

名前:
メール:
件名:
本文:

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

月別四方山話
ブログ内検索
RSSフィード
リンク
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。