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茅場町「鳥徳」

半年くらい前に約束していた講演の当番が回ってきたため、八丁堀へ出る。
講演は午後三時から。久し振りに朝を遅く起きる。が、なんかすっきりしない。それもそのはづで原稿は疾うにできていたのだが、

話の枕

が全然浮かんでこない。頭をすっきりさせようと、ひとっ風呂浴びるがダメ。で、昼過ぎに仕方なく仕度して八丁堀に向かう。電車に乗ってる間も一向に枕が浮かばない。ここまできたら、

ままよ

ということで腹を据えることにした。あとはなんとでもなれってことで潔くしていると、今度は自然と腹が空いてくる。流石に三時の講演まで時間がある。そこで、手伝いに来てくれた某大学の院生を連れて、茅場町の「鳥徳」に向かった。
八丁堀や茅場町といった辺りは大通りから道を一本入ると、商社ビル群の合間合間にまだ東京の旧態を留めている屋作が随分と残っている。場所によっては、細い路地にひっそりと何軒かが寄り添うようにして生活を営んでいるところもある。
「鳥徳」もそんな旧態を留めた屋作で、間口は狭い。
この店はその名に「鳥」の一字を冠するところからも察しようが「焼き鳥や」で、夜の帳が下りる頃、仕事帰りのリーマンが焼き鳥で軽く一杯やる店だ。が、昼はランチを手掛けていてくれて、これまたリーマンの胃袋を満たしてくれる。
院生を連れて暖簾を潜ると、既に昼も随分と過ぎていたが一階の三和土はなかなかに盛況だ。そこで下足札を貰ってトン、トン、トンって小気味よいリズムで拭き清められた急勾配な階段を上がる。二階は三間の仕切りを開け広げて一間にし、適当に席が設けてある。
その一隅に座ると、直ぐに茶碗とポット、白菜の浅漬けの小鉢を持って店の人が現れる。
この店には恐ろしいくらい「横柄」とか「ぶっきら棒」といった悪い感じにみえなくもない追廻風な男性の店員と、あくまで大らかでいて、さっぱりとしている下町のオバちゃんそのものといった女性の店員がいる。良いのか悪いのかは別にして、東京下町独特の雰囲気とでもいおうか。だから

こんなもんだろう

くらいに思っている。それ以上でも以下でもある必要はない。
さて、本題の焼き鳥やのランチ。
なんといっても手軽なのは「A弁当」と「B弁当」で、A弁当は「つくねときじ焼き」を重にしたもの、B弁当は「焼き鳥と一口カツ」の二段重だ。これを院生と二人で注文して、お互いのおかずを交換し合い乍ら食べるのが、なんだかピクニックでも行ってお互いの弁当を交換しあっているようでいて楽しい。勿論、ひとりで一つの弁当を食べるのもなんら問題はない。
そして合間に、自家製の浅漬けをシャクシャクとやり、重を抱えるようにしてお茶で流し込めば申し分ない。こう書いていると、講演を前にしてエラく

余裕だな

と見られようが、先程も書いたように、ままよと腹を括ってしまったら、ジタバタするのは返って見っとも無い。腹を括ったんだから、あとは

うまいもの

のひとつでも食べて聊かなりともリラックスするに限るわけだ。だから、院生とお互いの弁当を突っ付き合って、

うまい、うまい

といって相好を崩し、掻き込むようにして食べていると、自然に落ち着きが出てくる。結果、講演も自分なりのよいペースに持っていくことができた。まあ、あくまで講演は結果論からの言い分だけどね…
kayabacho_toritoku
↑茅場町「鳥徳」の外観
kayabacho_toritoku_bben
↑鳥徳の「B弁当」
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日がえり秋葉山もうでの記

平成二十年五月五日(月)こどもの日 朝七時過出立
清澄氏同道
竹ノ塚 お茶ペット 103
同 タバコ 300
北千―アキバ 190(パスモ引落)
東京駅販 崎陽軒シウマイ 550
新浜松 ナイスパス 1500(500デポジット込)
新浜―西鹿島 460(ナイス引落)
西鹿島 ナイス入金 1000
ジュース 120
西鹿島―秋葉神社 遠鉄バス 630(ナイス引落)
下社 さいせん 10
同 火伏大麻 800
同 火伏中麻 500
同 福神 200
同 集印 300
三尺坊 さいせん 10
同 おすがた 200
同 火の用心札 200
同 秋葉大権現火災札 300
同 集印 300
下社門前屋旅館 ビール 500(250清)
同 椎茸一皿 500(250清)
ジュース 120
秋葉―西鹿島 630(ナイス引落)
西鹿島―新浜 460(ナイス引落)
新浜 ガチャ 100
浜松駅前 八百徳 酒 口取 320(清払)
同 酒 480(清払)
同 お櫃うなぎ茶漬け 2415 但2000払(415清)
浜松駅構内 みやげ 2680
ジュース 150
浜松―東京 11560(1560清)
竹ノ塚 コンビニ 250
〆29678円也
午後10時40分無事帰宅
日帰りで秋葉山もうではなかなかに疲れる

秋葉山もうで・其の二―旅は道連れ

何度、天気予報を見ても「雨」から逃れることができないようだ。が決めてしまったことは仕方がない。と気を取り直し、東京駅に向かう。
浜松に停まる新幹線は数あるが日帰りで秋葉山へ行くとなると、順調に連絡できる新幹線は7時03分と8時26分の2本しかない。二人とも決して若くはないから、後者の新幹線で行くことにしたが、既に清澄氏との珍道中は東京駅から始まっている。僕も清澄氏も余裕を持って東京駅に着いてはいたが、

落ち合えない。

それもそのはづで、清澄氏は中央口改札乗り場、僕は南口改札乗り場で待っている。落ち合えるわけがない。ケータイでお互いの位置を確認して清澄氏が南口改札乗り場に来てくれることになった。こういう時、ケータイは便利だとつくづく思う。というか、東京人だからこそ東京駅で迷子になるものなのかもしれない。
と、東京駅で既にこの状況だ。前途多難な秋葉山もうでになるであろうことはいうを俟たない。
さて、ここで秋葉山についてひと言触れておこうか。
秋葉山は南アルプス(赤石山脈)の南端にある山で、京都の愛宕山と並ぶ火伏せ信仰の霊山だ。明治以前には秋葉大権現として広く庶民の尊崇を集めていた。が、今その秋葉神社に祭られているのは

火之迦具土大神(ひのかぐつちのおおみかみ)

といって愛宕神社の祭神が納まっているという。
ぢゃあ、肝心要の秋葉山の祭神はどこにいるのかってえと、袋井市の

可睡斎

に遷座したっていうんだから、正真正銘の秋葉山でないのがちょっと残念なところだ。
しかし、まあそんなことは旅先じゃあ丸っきり考えもせず、僕は崎陽軒のシウマイを一折、清澄氏は梅林のカツサンドを買って新幹線に乗り込んだわけだ。東京から浜松までは「こだま」だと2時間の行程だ。が色々と話に枝葉を分かちていけば、2時間の道のりもあっという間だ。
hamamatsu.sta
↑JR浜松駅。秋葉山へはここから更に内地へ進む。

秋葉山もうで―矢立の水

予てから清澄氏と行く約束をしていたGWの日帰り。最後の最後まで目的地を決めあぐねていた。当初の候補地は

①宇都宮の大谷寺
②信州善光寺
③江ノ島と遊行寺
④東海道線の原~吉原間もしくは由比~蒲原間

であった。それぞれに行けば行ったで必ずどこかに面白さはある。そしてどこも気持ち昼少し前くらいから出発しても比較的手軽に日帰りで行ける場所だった。
だが、二日前になって、これら四つの候補地を払拭するほどにふと思い付いたのが、

遠州秋葉山

だ。あくまで「ふと」だ。直ぐにネットで経路などいくつか調べると、江戸だ明治だの昔はいざ知らず、現在、秋葉山へ行くとすると掛川からではなく、

浜松

から行くことになるそうだ。しかも浜松から更に電車とバスを乗り継ぐこと70分。ずっと遠いことは容易に知れる。
日帰りで秋葉山…これまでに清澄氏とは色々巡り歩いたものだが、どれも東京近郊。遠出といっても精々日光どまりだ。それが今回は浜松から内地に入り、秋葉山まで行こうというのだから、清澄氏へメールすると、

やるねえ。行けるのか?
浜松ですよ。一泊二日の世界ですよ。…

と返ってきた。彼の判断は正常だ。常識的に考えれば余裕を見て一泊二日のコースだ。
しかし、ここでめげちゃあ男が廃るというもの。今までだって無茶っぽいこともやってきたんだ。

やりましょ。行きましょ。試しましょ。

でGWの後半も終わりつつある5日、薄曇のなか東海道を西進した。天気は前日から出発直前まで何度チェックしても「雨」の予報。前途多難を思わせる日帰り旅行へ繰り出したわけだ。
tokyo.sta.exphm
↑東京駅新幹線ホームの標識・名詮清澄珍道中の起点

秋葉山もうで・其の三―三尺坊

浜松から遠州鉄道に乗り換え、さらに遠州バスに揺られると漸く秋葉山に至る。
遠州鉄道の終点西鹿島の駅前は一見、郊外の住宅地といった様子だが、バスに揺られること少しくしていきなりその風景が一変し、瞠目した。
曇天の下、天竜川が滔々と流れ、山が両脇から迫り来る様はまさに

深山幽谷

といった感じだ。
山間を縫うようにしてバスは秋葉山に向けてグングン進むが、その風景を眺めていると、とんでもないところへ来たものだと思わざるを得ない。昼を少し回って秋葉山の麓に着いた時には、流石に我乍ら

よくもまあ…

と感心しているやら、呆れるやらといった状態だ。なにせ朝の8時台に東京を発ってから、4時間かけて漸く到着したわけだ。しかし、これがまだほんの序の口だということを知るよしもなかった。
まづは秋葉神社下社に詣でて、肝心の火伏せの御札を頒けて貰う。これがためにわざわざ秋葉山まで来たのだから、ここで忘れてはお話にならない。で、今来た参道を戻る。両脇は僅かばかりの茶店があるが、この山深さから考えれば、これでも多いほうだろう。
下社があるということは当然、上社もあるわけで、観光案内板を見ると一方の案内板には、

秋葉山120分

そして、もう一方の案内板は

秋葉山40分

とある。

2時間?!…40分?!…
どっちだよ

と不思議な案内板に登る前から翻弄される。それにしても120分だとすれば、これは全くの想定外だ。都会生まれ都会育ちの浅はかさで、下社上社あわせて精々1時間もあればなんとかなるだろうと安易に考えていたため、大幅な修正を迫られる格好になった。バス停で時刻表を確認すると西鹿島行きの終バスは3時45分。あと3時間強といったところだ。

行くべきか、行かざるべきか、それが問題だ

と思案するが、よくよく考えれば日帰りで秋葉山に行こうという時点で無謀なわけだ。だから腹を決めて、

えい、や!!

で山頂を目指す。
古来から続く上社に向かう参道は都会人の僕らに辛く当たった。参道とは名ばかりで、

山道

だ。九十九折の参道は途中から拳大の石がゴロゴロとあって容易に登らせてくれない。しかも登れば登るほど天気予報の通りに、雨が降り注ぐ。どこまでも秋葉山は僕らに辛く当たるようだ。
ただそれは単に辛く当たっているわけぢゃあなかった。
雨に打たれグダグダになり乍らも、山頂を目指し、参道ならぬ山道を登ると、少し遠くに三尺坊の山門が目に写る。そぼ降る雨に木々の緑はしっとりとより深く落ち着いた緑になり、雫は落ちて大地の熱でまた蒸発し、濃い靄を生み出すその先に現れた山門の姿はまさに

幽玄

で、霊山秋葉山を守護する三尺坊に相応しい雰囲気だ。そして、山門の前に漸う立った時、

来た甲斐があった

と思ったのは僕だけではないだろう。清澄氏もきっとそう思ったに違いないと信じている。
尤も三尺坊は維新以降に袋井市の可睡斎へ遷座しているため、今ここにあるそれは、本堂がただあるだけで蛻の殻ではあるが…そんなことはどうでもよいのだ。苦労の果てに辿り着いたという事実が大事というものだ。

秋葉山もうで・番外―思ひ出のスナップ

秋葉山もうでについて、些か長く書いてしまったようだ。だから、その都度撮った画像はここに載せておこう。
haruno_akibasan_4mosha_3do
↑春野の「秋葉神社」下社参道
haruno_akibasan_4mosha_honden
↑「秋葉神社」下社拝殿
haruno_akibasan_ka3sha_3do1
↑「秋葉神社」上社の参道に向かう途中 既に長い長い坂道が始っている
haruno_akibasan_ka3sha_3do2
↑「秋葉神社」上社の参道 ここから愈々霊山秋葉山に入る
haruno_akibasan_ka3sha_3do3
↑「秋葉神社」上社の参道ならぬ山道
haruno_akibasan_3ja9bo_3mon
↑靄のなかの「秋葉山秋葉寺(三尺坊)」の山門 
haruno_akibasan_3ja9bo_hondo
↑「秋葉山秋葉寺(三尺坊)」の本堂(道場)
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それでは「春夏冬、二升五合」をお願いまして、皆々様の御手を拝借。

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熊さん。今のお人で何人目だい?
著者寸描(プロフィル)

浮世名詮〔うきよのめうせん〕

Author:浮世名詮〔うきよのめうせん〕
東西東西~。
さて、これより語りまする者はその名を「名詮」と申しまする。

性格は可成ふざけて居りまして、朝イチから行動すればよいものを、昼も過ぎ、夕闇の濃くなる頃から東都のあちらこちらへ出没し、状況に応じて色々な人物を演じ分ける素ッ惚けた根無し草。

まあ、気楽に気楽にお付き合い下りまするよう、隅から隅まで、ズズいっとお頼み申し上げまする。

先づは

乍憚口上
乍憚口上」つづき
乍憚口上」むすび

を一読下さりまするようお願い申し上げまする。

千穐萬歳大入叶

熊八ブログをケータイしておくれっ
ちょいと、そこのお前さん。無視していくんじゃないよ。めうせんの「熊八ブログ」がケータイでも見ることが出来るっていうじゃあないか。おや、知らない?まあ、この人はなんて野暮なことをいいなさんのかねえ。
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