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西陣「萬亀楼」

現在、土地の人でもない限り

西陣

というと着物ばかりがイメージされる。探せばそれなりに名所・旧跡もあるにはあるが、矢張り「探せば…」といった感じだ。観光地京都としてのイメージはほかの地区・地域に委ねるしかない。
西陣という地名はいうまでもなく、

応仁の乱

がことの起こりで、西軍の大将・山名宗全がこの辺りに本陣を構えたことから付けられた。
戦火が拡大するにつれて、今の京都御所や仙洞御所のところに内裏が遷される。内裏の東遷によって次第に中心部が東へ東へと移っていき、応仁の乱以降戦国期にかけて、すっかり荒廃して寂しい一帯になってしまったそうだ。
堀川通りを走る市バスを下り、有名な観光スポットの一条戻り橋辺りから西陣にかけて歩いてみると、今のイメージでは「通り」とは凡そ呼べないほど狭い。車一台がやっと通れる幅だ。それでもひとつひとつの通りがちゃあんと「通り」として成立している。が、よくよく考えれば往時は人の行き来だけだから、これで十分に通用したわけだ。

そんな町家ばかりが犇きあって、観光客なんかは殆ど歩かないだろう一画に「萬亀楼」はある。
料亭といったところは余程に敷居の高いところは別にして、昨今では前以って電話で予約を一本入れればなんていうことはない。あとは指定した時間に伺えば、万端整えて迎え入れて貰える。その証拠と呼べるかは知らないが、「萬亀楼」ほどの店ともなれば予約した時間の少し前には玄関先を掃き清め、打ち水をして、

いつでもどうぞ

という状態にしてある。
しつらいもいわずもがなというもので、実にさっばりとしていてよい。庭の緑もその都度、適度に水が撒かれ、水に濡れて瑞々しい。目に爽やかだ。
後手に回ったが、大女将の話によれば「萬亀楼」はもと

萬屋(「よろづや」。土地の人は「まんや」と呼び親しんだ)

という造り酒屋で、邸内には良質の水が湧く井戸が七つもあったそうだ。今は二つばかり残っているが、二条城近くに地下鉄が走ってからというもの、水質に異変を来たしたらしく、残ったばかりでとても使える代物ぢゃあないそうだ。実に残念だ。
さて、離れに通されて、目に爽やかな庭の木々の緑を眺めつつ、静かに、たっぷり2時間かけて味わう京料理はどれも格別だ。が野暮な話をすれば料金は決して安くはない。かといって、もてなすための手間隙を考えたら、格別に高いとも思わない。兎に角、一度足を運べばわかるはづだ。それでも高いと感じるならば、昼限定の「萬亀楼」が名物「竹籠弁当」にすればよい。ここの料理のエッセンスがとてもシンプルに、それでいてお洒落に収まっていて手軽に楽しめる。
伺った頃合が丁度季節の端境期だけあって、夏の名残と秋の便りが一緒くた。だけど、双方喧嘩することなくうまく調和されていたのは実に心地よい。そして意外と味付けがはっきりしていることに気づく。東京は川の手地域に暮らす者にとって、

京都は薄味

のイメージを払拭させられた感じだ。
これ以上、「萬亀楼」について語る必要はないだろう。あとは自分の目と舌で存分に楽しめばよい。

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祇園「盛京亭」

一年半振りの京都旅行。珍しく慌しさが少しくあった。
いつもの京都旅行なら昼頃のんびりまったりと祇園辺りをブラブラして、気に入った店で美味いものでも食べて気分転換をはかるんだけど、今回はどうしても外せない目的がひとつだけあった。

叡山

だ。またもや山だ。今年はGWの秋葉山に始まって、近くは八溝山にも登っている。そして叡山。けど、別に山登りにハマっているわけぢゃあない。叡山に登るのは三大道場のひとつ

横川

へ、それは大事な大事な有り難いお札を頒けて貰うためだ。しかし、叡山に登るということはどうしても一日がかりになってしまう。その一日を二泊三日のうち、どこに当てるかと考えた時、初日が一番体力があろうという結論に達したわけよ。そのため、今回は信じられないくらい朝早く家を出た。9時前の新幹線に飛び乗った。
で、午前11時。無事、京都到着。しかし、清澄氏同道の旅はここからがいけない。叡山に登るとお互いいい聞かせているにも拘わらず、腹拵えをしに

まづ、祇園へ行こう

となる。何も京都へ着いて早々、祇園もあるまいに、という発想は全くない。
そこで定宿にしている河原町三条のホテルへ荷物を預け、祇園へ繰り出す。その道すがら三条から四条にかけて河原町を歩いていて驚いたことは、町が大きく様変わっりしていたことだ。特にコーヒーショップが増えた。イノダや上島を席巻するようにスタバやエクセル、タリコーといった新参者を町のあちこちで目にするようになった。

京都も変わったねえ

と同道の清澄氏と話し乍ら、四条大橋を渡り、祇園へ入る。相変わらず、

人、人、人…

で凄い。が、

京都へ来たんだなあ

とも思う。

祇園へ行くこと

が僕にとって、京都入りを実感するっていうのもいかがなものかとも思わなくもないが、まあ、大目に見て貰おう。
話を新幹線の車中に戻すが、腹拵えは「ぶゞ家」か「盛京亭」と決めていた。特に「盛京亭」が気になっていた。ただ、場所が今イチよくわからない。そこで取り敢えず八坂神社に向かって歩く。すると、「鍵善」の直ぐ手前に差し掛かった頃、清澄氏が

あ、あった

と発見。
なんと京都名物の露地の奥に目指す「盛京亭」はあった。その露地は四条通りに面してはいるものの、ハッキリいって、フツーにガイドブックを持って歩いている観光客だったらまづ気づかない。
早速、露地を入っていく。「盛京亭」はそこにひっそりとあった。奥に通され、メニューを見乍ら開口一番は

瓶ビール一本

これから叡山に登るというのに、いきなしビールから始まる京都旅行。が、勢いって大事だよ。勢い…しかも京都は9月に入っても暑いしね。と意味不明な言い訳をしておこう。

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一筆啓上

明日11日より13日まで、まづは二泊三日のつもりで京都に行く。
色々忙しくて、京都へ行くのは二年振りくらいだ。久々に羽を伸ばそう。
同道はこれまた清澄氏。またもや珍道中になりそうな予感。
…おっと、一筆啓上ぢゃなくなってしまうから、この辺で。
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熊さん。今のお人で何人目だい?
著者寸描(プロフィル)

浮世名詮〔うきよのめうせん〕

Author:浮世名詮〔うきよのめうせん〕
東西東西~。
さて、これより語りまする者はその名を「名詮」と申しまする。

性格は可成ふざけて居りまして、朝イチから行動すればよいものを、昼も過ぎ、夕闇の濃くなる頃から東都のあちらこちらへ出没し、状況に応じて色々な人物を演じ分ける素ッ惚けた根無し草。

まあ、気楽に気楽にお付き合い下りまするよう、隅から隅まで、ズズいっとお頼み申し上げまする。

先づは

乍憚口上
乍憚口上」つづき
乍憚口上」むすび

を一読下さりまするようお願い申し上げまする。

千穐萬歳大入叶

熊八ブログをケータイしておくれっ
ちょいと、そこのお前さん。無視していくんじゃないよ。めうせんの「熊八ブログ」がケータイでも見ることが出来るっていうじゃあないか。おや、知らない?まあ、この人はなんて野暮なことをいいなさんのかねえ。
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「文は遣りたし、書く手は持たず」なんて謙遜、遠慮なぞは無用ってもんでございやす。へい。

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