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文庫本

一昨日の帰り道、紀伊国屋書店で、これといって宛てもなく文庫本のコーナーを物色していたら、一冊の本が目に付いた。

黙阿弥作・河竹繁俊校訂『鼠小僧』(岩波文庫、1928年5月初版、2008年2月復刊)

そういえば『鼠小僧』は買ってなかったなあ、と思って目に止まったソレを買う。そのあと「うさぎ家」でお披露目前の「うさぎボール」というウィスキーをチューハイで割ったオリジナルハイボールを呑み、二品三品と鍋を突付いて帰る。
翌朝、鞄から昨夜買った『鼠小僧』を取り出し、本棚に仕舞おうとして、ふと棚の方に目を遣ると見覚えのある三文字が飛び込んできた。

鼠小僧

既に買ってあった。またしくじってしまった。文庫本の場合、この手の重複が結構多い。手に取って買うまでは

買わなくちゃ

という強迫観念とまではいかなくても、なんらかの義務感というか使命感というかが無意識に働いていて買ってしまう。
それならば買う度に収蔵記録をつけておけばよいとも思われようが、図書館じゃああるまいし、ご大層に蔵書目録を作るほど蔵書を持っているわけじゃあない。第一、出掛ける度に収蔵記録のカードを持って歩くなどという面倒臭いことなんかやってられない。
だから、我が家の本棚には偶にこういう伏兵が息を殺して潜んでいる。困ったものだ。まあ、いい。書き込み用にしよう…けど、そういう本に限って、大抵は書き込みしなくちゃならないようなことは起きない。要は

自分への言い訳

だ。じゃないと、ダブらせたその遣る瀬なさを何処にぶつけられようか…
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神田「いせ源」スナップ

悪い癖で本文が長くなってしまったので、スナップは別枠で…ピンボケたようなのは、酔っ払いが撮ったんだからと、ご容赦をば。
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↑神田「いせ源」の外観
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↑鍋がひと煮立ちするまでの間、付出しで酒
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↑いせ源名物「あんこう鍋」 なんとなくピンボケしてるのはご愛嬌
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↑〆のおじや 矢張りピンボケしているかな?
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↑お新香

神田「いせ源」

すっかり日も暮れて、流石にソーセージだけでは小腹を満たしたに過ぎず、何かちゃんと食べようということなる。寒いと矢張り温かい物が欲しくなるのは自然なことで、温かい物といえば



のひと言に尽きよう。
鍋も色々とあるが神保町からそう遠くない範囲で食べられる鍋といえば、直感的に小川町の東向う淡路町の「ぼたん」か「いせ源」か。
そこで清澄氏と語らい乍ら神保町を後にし、淡路町まで歩く。目指すは

あんこう鍋の「いせ源」

だ。淡路町一帯は東京大空襲の戦火を奇跡的に逃れた数少ない地区で、昔乍らの建物が幾つか残っている。そのひとつが「いせ源」で、創業は天保元年だというから可成り古い。
引き戸をガラガラっと開ければ、男衆が下足札をくれる。それを持って小気味良いリズムで

とん、とん、とん、とん

と急勾配の階段を上がれば広間・小間が開け放たれ、入れ込み状態になっている。
窓側の空いてる席にどっかと腰を下ろせば、いいタイミングで仲居さんが熱いオシボリを手渡してくれる。呑兵衛なふたりは鍋より前に熱いのを夫々一本ずつ頼む。また、酒だ。どうしようもないね、全く…
名物の「あんこう鍋」を待つ間、硝子越しに薄暗い通りを見下ろすと、向かいの汁粉屋「竹むら」の明かりがぼんやりと点っているのが目に入ってくる。なんとも、

情緒的な雰囲気

だ。ここの一帯だけ、異常な程に目まぐるしく変わる時代から切り取られ、そのまま静止しているようだ。そんな情緒的な風景を眺めつつ、付出しと他愛もない話を肴にして、鍋が焜炉にかけられ煮立つまでの間、手酌しているとなんだかいい気持ちで酔ってくる。
加減を見て仲居がよろしくいった後、お待ちかねのあんこう鍋を突付く。身のプリプリ感、皮のプルプル感が堪らない。西の河豚に対して、東の鮟鱇とはよくいったものだ。熱いところをハフハフし乍ら食べ、更に酒を一本追加。呑兵衛のダメダメ度がまた加速する。鍋の熱気に汗をかき、熱い身を頬張り、酒を呷る。自然と顔が綻んで、話が弾む。いや、食べることに夢中になって話すのも忘れている。

ふう

とひと息入れた頃を見計らって、仲居がすーっと現れる。〆のおじやのお出ましだ。仲居鍋奉行の下、酔っ払っている下手人は大人しくて見入っていると、その手際のよさに

流石

と思わざるを得ないね。無論、味はいわずもがな、だ。しかも、これにお新香をつけた日には、もう何もいわずただただ掻き込むだけだ。
 ……………
そういえば、初めて「いせ源」に登楼したのは2003年1月15日のことらしい。酷く恥をかくのを承知で、当時の日記を少し引用してみようか。

一月十五日(水)晴
朝9時起。朝、ごはん、みそ汁、玉子焼き。朝風呂。国劇にて歌舞伎。キチキチ主演「双蝶々曲輪日記」はキチキチの声が通らなかった。午、楽屋食堂でかつ丼。初めて入った。ちょっと感激。観劇後、地下鉄で淡路町へ。神田須田町の「いせ源」へあんこう鍋を食べに行。良い造りの家。斜め前のおしるこ屋も気になるところ。入ってみたいが高そう。肝刺がメチャうま。(下略)

とある。そして、日記帳の該当ページには、いせ源の箸袋が挟まってあった。この箸袋は今のそれとは一ヶ所違う。2003年当時のは「新橋店」が併記されていた。貴重な資料だから、この箸袋は食物屋コレクションの箱に移しておこう。というか、一度、どんな感じなのかっていうことで新橋店にも行ってみようか。
さらに面白いことは五年前も今回と殆ど同じ景観に興味関心を持っていたことがわかる。違うのは現在(いま)は向かいの汁粉屋「竹むら」も経験済みということだ。

神保町古本祭り

古書店が集中して一個の街を形成しているという世界でも珍しい神田神保町。10月の終わりから11月の頭にかけて「読書週間」ということもあって、恒例の古本市が立ち、靖国通り沿いには古書店の出店ラックがずらりと並んでいる。そして、本の虫が、まさに虫が蛍光灯の明かりに引き寄せられるようにして、ラックの前にひとりふたりと集まり、自分の好みの本を手に取っている。時には真剣な顔をして、まるで白く透き通った絹の如き女性の柔肌に、愛おしさをもってそっと触れるような感じで、丁寧に中身を改めている人もいる。というと表現は気障を超えて呆然か。

午後も3時を廻った頃、清澄氏が先発で神保町へ行き、僕も上野・御徒町をブラブラして夕闇の濃くなった頃、神保町に足を踏み入れる。風も随分と冷たくなってきた。それでも本の虫たちは飽くことなく、次から次へとラックを飛び回っている。
靖国通りを一本南へ入ったすずらん通りでは出版社が夫々特色ある本を並べ、ここも人で一杯だ。そんな出版社のブースの合間合間に屋台が出る。恐らく近くの居酒屋などが開いているのだろう。
神保町に着くと早速、

それっ

と屋台を目指す。そして、タンカレーで濃いめに作ってもらったジントニックの一杯でも頼んでから、物色を始める。その間に清澄氏と連絡を取り、落ち合うと彼もまた喉の渇きを潤すためにビールだ。当然、ふたりとも寒空の下で酒だけじゃあ物足りない。となると、

ツマむもの

が欲しくなる。また屋台に行く。今度は粗引きソーセージの熱いところをハフハフと頬張る。もうすっかり本などはどうでもよくなってきている。ダメダメな二人だ。が、それでも哀しいかな。なんだかんだいっても抜け目なく本を三冊は買ってしまった。
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それでは「春夏冬、二升五合」をお願いまして、皆々様の御手を拝借。

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熊さん。今のお人で何人目だい?
著者寸描(プロフィル)

浮世名詮〔うきよのめうせん〕

Author:浮世名詮〔うきよのめうせん〕
東西東西~。
さて、これより語りまする者はその名を「名詮」と申しまする。

性格は可成ふざけて居りまして、朝イチから行動すればよいものを、昼も過ぎ、夕闇の濃くなる頃から東都のあちらこちらへ出没し、状況に応じて色々な人物を演じ分ける素ッ惚けた根無し草。

まあ、気楽に気楽にお付き合い下りまするよう、隅から隅まで、ズズいっとお頼み申し上げまする。

先づは

乍憚口上
乍憚口上」つづき
乍憚口上」むすび

を一読下さりまするようお願い申し上げまする。

千穐萬歳大入叶

熊八ブログをケータイしておくれっ
ちょいと、そこのお前さん。無視していくんじゃないよ。めうせんの「熊八ブログ」がケータイでも見ることが出来るっていうじゃあないか。おや、知らない?まあ、この人はなんて野暮なことをいいなさんのかねえ。
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「文は遣りたし、書く手は持たず」なんて謙遜、遠慮なぞは無用ってもんでございやす。へい。

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