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日光「金谷ホテル」

時間の合間を見計らって、2年振りに日光へ行く。
今年は夏らしい爽快な青空を拝んだ記憶がない。気象庁の見解では関東は梅雨明けしているはづなんだが…たしか2年前に日光へ行った時は、台風一過の後だったが、これもすっきりと晴れることがなかった。日光とは相性がよくないのかしらん。
さて、2年前も日光については少し書いたと思う。明治以降、御雇外国人向けの避暑地のひとつとして、日光は整備されたわけだ。その日光の昨今は世界遺産登録もなされているため、より一層、外国人観光客の姿を目にする。なんとない感覚的なものにすぎないが、

東京に次いで関東では日光が外国人観光客を目にするのではないか?

と思えてくる。
それはともかく、日光の名物といえば、まづ第一に浮かぶのが

湯波

だろう。駅から東照宮に向かう道すがらには、大小何軒もの湯波料理屋がある。また直接的には湯波と関係しないような中華料理屋やパスタ屋なんかも湯波をアレンジしたものを出す。それほどまでに湯波と日光の関係は切っても切り離せないものとなっている。なかでも旧名を門前西町といった参道から少し外れた大谷川沿いの町中にある「高井家」の湯波懐石などは、旅先で出会えるちょっとした贅沢であることを前に書いた。
今回も高井家で湯波料理の数々に舌鼓を打ち、のんびりと過ごしてもよかったのだが、前回の日光旅行で最後まで高井家と並んで候補と考えていた

金谷ホテル

が、

日光へ行くぞ

と決めてから、急に気になりはじめた。さらに金谷ホテルは高井家とは違い、予約不要(※一部、この限りではない)というのも魅力的だった。そうなると、単純な性格の僕なぞは、気分がどんどん金谷ホテルに傾いていくわけだ。
金谷ホテルは明治6年創業という。現存する建物は日本のホテル建築史上、最も古いものであり、クラシックホテル(ただし、最古のホテルは明治4年創業の京品ホテル)のなかでも、老舗中の老舗ホテルと位置づけられる。大谷川を望む木立のなかにあるそれは独特な造りで、日本人のものとも外国人がイメージしたものとも解釈できるような、江戸から明治への転換がゆるやかなものであったかのような、不思議な

日本風

むしろ

オリエンタル風

とでもいうような外観を持つホテルだ。
そこのダイニングルームで供されるランチは手頃な価格で食べることができるが、だからといって手抜きされているわけじゃあない。長年、大事に使い込まれただろうノリタケの銀食器は手に取れば優しくフィットするし、一杯のシェリーにしても、シンプルながらすっきりとした足高のグラスで程よく冷やされたものが供される。このことからも、ランチのみの利用でも、金谷ホテルは客をぞんざいにしていないのがわかる。もっとも、

昼から早速、酒かよ

とお叱りを受けそうだが、本場イギリスでは「シェリー」に限っては昼から飲んでも許されるアルコールだ。だから容赦してもらおう。けど、今思い出しても、シェリーをいただいている間は、すっきりとした味に、いささかの涼を得られた気がした…外は曇天、湿度高めの昼下がりのことである。
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↑日光「金谷ホテル」のエントランスとダイニングルーム
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↑食前酒として、シェリーを一杯…
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↑金谷ホテル「夏のスペシャルランチ」
左上「野菜のクリームスープ」右上「日光虹鱒のソテー金谷風」左下「ライスとサラダ」右下「いちごのアイスクリームと紅茶」

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品川「船清」

「遊び」とひと言にいっても、色々とあるから、これと断定することはできないが、

大人の遊び

というと何となく高級な響き(=イメージ)を感じるのは気のせいか。
大学時代に、なんにしても自分なりの捻りをくわえることなく、そのまま駄洒落るため「安易マン」と渾名された仲間から誘いがあり、暑気払いを兼ねて、

屋形船

を1隻チャータしてもらった。
大昔は、割合気軽に利用されたと聞く屋形船も、昨今はそう気軽なものじゃあない。まして1隻借り切りしての

船遊び

といえば、「お大尽」感とか「大人の遊び」感が十二分に漂うものと思っている。

品川の船宿は旧宿場町裏の高浜運河沿いにある。ここの旧宿場町は旧態を知りえるようなものは、ほとんど残ってはいないが、それでも運河沿いには、まだ昔ながらの棟割長屋や仕舞屋といったものが一画にある。そして、その先に船宿がいくつかあり、それぞれの幟が道路脇にひるがえっている。
正直にいって、時代小説の世界ならいざ知らず、現代の船宿に対するイメージは、これまで接する機会がなかったため、ほとんどない。だから、目的の船宿が

「品川船清」と船宿名を大書した高張提灯をかかげ、葦簀をかけまわし、緋毛氈を敷いた縁台が運河に沿って並べられ、女将は着物を涼し気に着て、番頭と若い衆は船宿の名を染め抜いた揃いの印半纏…

であるのを目の当たりにすると、粋かどうかは別にして、これが船宿の一形態なのだろうと思う。その待合で一服していると、演出はさらに続く…

若い衆から「仕度ができた」と声がかり、早速、舫いでいる船に乗り込まんとするその時、低く垂れ込めた雲からは、ぱらぱらぱらと生憎の小雨。そこで若い衆が河岸にすすすっと四人ほど並び立ち、番傘をひらりひらりと開いて連なり、大事な遊客を濡らすまいと番傘小径を作り出す。その番傘の下を進む遊客…

う~む…

ここまで演出されるとは思わなかった。完全に船宿の掌中である。

もてなしの心

もここまで演出されれば、「気障」だの「気取っていやがらあ」だのと難癖をつけず、素直に脱帽し、もてなされるがままに任せるのがよいだろう。

(最後に、ひと言書きくわえておこう。この夏、台場にお目見えした「原寸大ガンダム」を台場沖合いからのんびりと眺めるというのは、そう機会のあるものではない。波上で揺られ、酒肴を食み、酒を呑みながら、ガンダムの「背中」を仰ぎ見るというのは、なかなかにマニアな楽しみ方であった。)
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↑品川「船清」の待合入口と舫いである屋形船。
ただし、乗船したのはこの右隣の屋形船であり、あくまでこの画像はイメージである。
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↑屋形船で供された酒肴の一例。突出しと前菜。おこうこ。

坂東札所めぐり in 常州/笠間・岩瀬編②(岩瀬町の子供たち)

笠間を後にして水戸線を小山方面へ戻り、岩瀬駅で降りる。
駅前はタクシープールを造るのかロータリ工事をしていたようだ。笠間と比べるもなく岩瀬は大きな駅ではない。一地方の駅にすぎない。にもかかわらず駅前を一生懸命に拡幅している。しかし、タクシープールを造るほどに観光スポットがあるとも思えない。不思議な光景だ。
それを横目に本日2ヵ所目の札所にして最難所の「雨引観音」を目指す。なにが難所かといえば、岩瀬駅から雨引まで片道7キロ弱。その昔ならば岩瀬―土浦間を筑波鉄道が走り、途中駅に雨引駅もあって、そこからてくてく歩けば雨引観音まではそれほどではなかったようだが、この筑波鉄道はすでに廃線となっており、今その跡には、

つくばりんりんロード

という人を食ったような名前のサイクリングロードになっている。なにが「りんりん」なのかわからない。筑波鉄道の廃線後は岩瀬―土浦間だか筑波山下間だったかまで関東バスが走っていたようである。「ようである」としたのは、やっぱりこの路線バスも廃線になっている。つまり、雨引観音に行くには岩瀬駅から片道7キロ弱を

歩くしかない

のである。そこで意を決して岩瀬駅をスタートした。時刻は14時52分であった。2時間以内に雨引山へたどり着けないと、朱印をいただけず折角の苦労も水の泡ということなる。
雨引観音へは県道を筑波山へ向けて歩くのと、つくばりんりんロードを進むのと、ふたとおりの方法がある。県道は交通量が多いため、歩き巡礼向きではないということで、つくばりんりんロードを選んだ。サイクリング用に舗装された道路は、アスファルトのそれに比べて幾分は歩きやすかったが、問題は、元鉄道路だったため、周りに

陽射しを遮るものがない

ということである。梅雨間の晴れで午後3時の陽射しは容赦なく、僕らへ降り注ぐ。

暑い…

このひと言だ。それでも只管、雨引駅の跡地を目指す。どうやらつくばりんりんロードは駅の跡地を休憩所として利用しているらしい。だから、雨引駅の跡地も当然、休憩地になっているわけである。取り敢えず、その休憩地を目指して、まずは4キロの道のりを進む。まぁ、結果からいえば、1時間かけて雨引駅跡地へ着き、今度はそこからさらに3キロ、田んぼ道とそれにつづく山道を登り、山の中腹にある楽法寺へはなんとか無事5時前に到着した。これで目的は達成した。
しかし、それよりも感心したのは、旧岩瀬町(現・桜川市)の子供たちである。
それほど大きくない町のため、教育が行き届いているというのか、躾が行き届いているというのか、今回、遭遇した子供たちはみな礼儀正しかった。
というのは、つくばりんりんロードを雨引山へ向かって歩いている時、チャリで後ろから追い抜いていった中学生と思しき少年ふたりは、追い抜きざまに僕らへ

こんにちは~

と挨拶していった。不意を突かれちょっと慌てて言葉に詰まったが、こちらも追い抜いていった少年たちの背に向けて挨拶した。
雨引駅跡の休憩地に着いて、木陰で少し足を休めていたら、今度は中学生の少女ふたり(こちらは体操服だったから中学生とわかった)がこれまたチャリで僕らの前を通り過ぎようとした時、

こんにちは~

と挨拶していく。こちらも挨拶をし、通り過ぎようとするふたりを呼び止めて、雨引観音までの道順を聞いたら、丁寧に教えてくれた。
雨引山を後にして、岩瀬駅までまた片道7キロの道のりをてくてく歩いて帰る時、ショートカットをしようと、来た道の1本手前で曲がり、農道を進むと、前から犬を散歩させている小学生らしき少女とすれ違った。この時も、すれ違いざまに、

こんにちは~

と挨拶していく。そこで今度も少女を呼び止め、岩瀬駅への道順を尋ねるとこれもまた丁寧に応対してくれた。
旧岩瀬町の子供たちは実にちゃんと躾されていて感心した。間違っても、地方の集落に多い排他的行動として、見たことない人への警戒として、また監視の役割を兼ねた「挨拶」ではないものと信じたい。それほどまでに、ここの子供たちの礼儀正さ、親切心には心を打たれた。

坂東札所めぐり in 常州/笠間・岩瀬編①(…チャリ最強)

大きな仕事も取り敢えずは片付いたため、久し振りに清澄氏を誘って坂東巡礼へ繰り出した。
清澄氏と語らってというか騙しての行脚は、大概、歩き巡礼にとって過酷な条件がついてくる札所で、なかでも常州六ヶ寺は可成り「曲者揃い」だ。ちなみに常州六ヶ寺は

八溝山日輪寺
妙福山佐竹寺
佐白山観世音寺
雨引山楽法寺
筑波山大御堂
南明山清滝寺

である。このうちの半分、すなわち日輪寺・楽法寺・清滝寺は実に歩き巡礼のやり甲斐がある。特に日輪寺に至っては、水戸で一泊という泊りがけのコースであった。そして今回、清澄氏を説得して詣でたのは、

観世音寺
楽法寺

の二ヶ寺である。
感動したのは観世音寺のある笠間であった。これまでの巡礼は、

電車(+バス)+歩き

が基本的な移動手段であった。しかし、笠間ではなんと駅前の観光案内所で

ママチャリ

が2時間300円で借りられるのだ。これまでの巡礼で、はじめての移動手段である。早速、借りて笠間の市内をママチャリで移動して思った。

文明の利器とは素晴らしい

と。歩くよりも断然早いのである(…当たり前)。歩くほどに足が疲れない。自力ではあるが、その分、自動車や原チャほどに速度が出ないから、のんびりと町並みを楽しむことができる。小回りがきく。寄り道してもすぐに引き返せる。適当なところに駐輪できる。荷物が前カゴに入れられる。まさに

チャリ最強

である。
いままでの歩き巡礼のなかで、これほど快適なものもない。
お蔭で、笠間第一の目的地・観世音寺をはじめ、三大稲荷のひとつ笠間稲荷や、笠間焼の工房集落など存分に見てまわることができた。これが歩きだと時間的に笠間も観世音寺と稲荷とを見るだけで、とてもじゃあないが笠間の中心部から少し外れた丘の上にある笠間焼の工房は行けなかったことだろう。それをママチャリは可能にしてくれた。しかもこのママチャリはなんと

三段階ギア

がついている。だから、丘の上へ続く坂道も随分と楽に登ることができた。そして戻り道…大して眺めたつもりはなかったが思った以上に工房で笠間焼の品々を眺めていたのだろう。次の電車があと20分で来てしまう。が、工房集落は丘の上。駅は麓である。漕がずともママチャリは勝手にグングンと、しかもどんどんスピードを上げて下っていく。まるで芥川龍之介の小品『トロッコ』のようだ。瞬く間に麓に着いた。
駅に着き、時計を見てみると乗る予定をしていた電車が来るまで7~8分もあった。やはり、

チャリ最強

である。
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熊さん。今のお人で何人目だい?
著者寸描(プロフィル)

浮世名詮〔うきよのめうせん〕

Author:浮世名詮〔うきよのめうせん〕
東西東西~。
さて、これより語りまする者はその名を「名詮」と申しまする。

性格は可成ふざけて居りまして、朝イチから行動すればよいものを、昼も過ぎ、夕闇の濃くなる頃から東都のあちらこちらへ出没し、状況に応じて色々な人物を演じ分ける素ッ惚けた根無し草。

まあ、気楽に気楽にお付き合い下りまするよう、隅から隅まで、ズズいっとお頼み申し上げまする。

先づは

乍憚口上
乍憚口上」つづき
乍憚口上」むすび

を一読下さりまするようお願い申し上げまする。

千穐萬歳大入叶

熊八ブログをケータイしておくれっ
ちょいと、そこのお前さん。無視していくんじゃないよ。めうせんの「熊八ブログ」がケータイでも見ることが出来るっていうじゃあないか。おや、知らない?まあ、この人はなんて野暮なことをいいなさんのかねえ。
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