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活字の雰囲気

最近、時間にそれほど余裕があるわけでもないのに、本棚に収まりきれず、部屋のいたるところに平積みになっている本をなんとかしようと手をつけてみる。
とりあえず手頃なサイズの段ボールにエセー系の文庫本を詰めていて、自分でいうのもなんなんだが、ここ数年は仕事の関係もあって、

言葉

に関する本をいろいろ読み漁っていたようだ(・・・他人事な言い方だなあ)。そのうちの何冊かを箱詰めする際に、パラパラとめくって思ったことがひとつ。ここ30年くらいのことだとおもうが、オフセット印刷型による「復刊」ではない作品は、その際に

現代仮名づかい

にすべて改められてしまっている。たとえば「思ふ」や「言ふ」などのいわゆる

旧仮名づかい

が、読者が読みやすいようにとして、全部、現代仮名づかいに改めてある。しかし、正直、そこまで改める必要はないんじゃあないかと思う。
別に懐古主義からいうんじゃない。仕事柄のことが十分にあってのことだけど、出版された当時の文体のままで全然問題はないと思う。
とくに明治以降の作品が現代仮名づかいに改められていることは不思議だ。文体は現在のものとほとんど変わらないから、別に旧仮名づかいで読んでも全然問題のない作品ばかりなのに、しっかり現代仮名づかいにあらたまっている。それならば、古典的名作の源氏物語や徒然草も改めても問題あるまいに。けど、そういった名作は原文のままなんだよ。

個人的な好みなんだけど、変に現代仮名づかいに改められると違和感があるんだよ。たとえば

漱石の思ひ出

という夏目鏡子(松岡譲筆録)の作品を取り上げようか。
この「漱石の思ひ出」は角川文庫版と文春文庫版がある。40年以上前に刊行された角川本(1966年)は「正漢字・旧仮名づかい」のままで、植字というか、まあ組版印刷による印字面独特のデコボコが雰囲気を盛り上げている。これに対し、現在、刊行されている文春本は「常用漢字・現代仮名づかい」にすべてあらためられている。なかでも、読んでいて唖然というかなんというか、漱石の遺体を学術目的で解剖した長与又郎の解剖に関する講演録のくだり。「日本消化器病学会雑誌」別冊から全文転載しているようなのだが、この転載記事(ちなみに送り仮名はカタカナ)を文春本はわざわざ現代仮名づかいに改めている。別に雑誌原文をそのまま転載でいいんじゃないのかなあ。この講演は大正14年のものなんだよ。だから、角川本のとおり

・・・デアリマセウ。
・・・ナカツタサウデアリマス。

でいいと思うのだが・・・これを現在の読者のためとして文春本は、わざわざ

・・・デアリマショウ
・・・ナカソウデアリマス。

に変換してある。
これだとなんか漱石に対するイメージというか、漱石の生きた時代に対する雰囲気が出ないんだよ。味わえない感じがするんだよ。当時、実際の発音は

・・・しょう[・・・shou]

でも書くときは

・・・せう[・・・seu]
・・・しやう[・・・siyau]

だったわけだ。話し言葉と書き言葉は使い分けていたんだよ。それをここ30年くらいに刊行された本は読者が読みやすいようにという大義名分をかかげ、「音便化」を図ったことによって、かえって作品そのものの雰囲気をぶち壊しているようでいてならないんだけどなあ。
そう思うと、岩波文庫の復刊は大したものだ。オフセット印刷型だということもあろうが、当時の文面、印刷のかすれ具合、よごれ具合そのままで、現在も定期的に名作を復刊してくれる。かすれやよごれによって読みづらいこともなきにもあらずだが、出版された当時の雰囲気は、まだ感じられる。
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花は桜

かねてからコンパスさんと計画していた印旛吉高の山桜を見に行く。
最近ではすっかり有名とかで、遠方からも見物に来るらしい。夕方も遅い頃に見に行ったが、随分な人出だった。
また地産の野菜即売が行われているのも多少は人出に拍車をかけているようだ。
吉高の山桜は、

よくもまあ、こんなところに・・・

と思うくらい林を越えて畑のなかを歩いた先にぽつんと立つ一本の桜木である。口伝(くちづて)にしろ吉高の山桜と伝わっただけあって、見事な桜であった。が、これを近くでしげしげとみて、

よくよく見ると、まるで盆栽のような形だね

と(誰にいうともなく)いうと、コンパスさんは呆れながら、

野暮だねぇ

と即答。けど、やはり塚上に立つ山桜は盆栽のように整いすぎている感じは否めないと、いまでも思っている。

さて、山桜で思い出したことを書き添えよう。
去年まで教えに行っていた某大学最初の講義(いわゆるガイダンス)で、桜をテーマに話をしたことがある。
日本人にとって単に「花」といった場合、それは「桜」を指す。このことは、お花見(花見酒)、花吹雪、花曇り、花冷えなどの言葉をみれば容易に察しがつく。

花見に行く

といって、チューリップを見に行くのはへそ曲がりだ。やはり花といえば「桜」なのである。そこで黒板に、

花=桜

と書いて、学生たちに今し方も述べた花見や花吹雪といった言葉から「花=桜」であることを理解させた上で、

あなたたちは桜の花に色を塗るとしたら何色を塗る?

と質問すると9割方の学生は、

ピンク

と即答した。そこで黒板に

花=桜=ピンク

と書きくわえて、さらに質問する。

それじゃあ、ピンクを和訳してごらんよ

というと、何の疑いもせずに

ももいろ(桃色)

と答えた。だから、

花=桜=ピンク=ももいろ

とさらに書きくわえてから、いった。

花といったら桜なんだよなあ、じゃあその花の色はって聞いたら、ピンクって答えたよね。
でもさ、いま、ピンクを和訳しなっていったら桃色・・・「もも」って答えたよな。おかしくないか?
今の君たちの答えからすると、

花=桜=桃

になっちまうぜ。桜と桃はどう考えても

桜≠桃

だろ。日本人にとって花は桜なんだぜ。したら、ピンクを和訳する時は「桜色」じゃないのかな。
でもいま、君たちのほとんどは「桃色」とはっきりいったよね。
じゃあ、桜は何色なんだよ?

というと、学生たちは、

あっ

といった表情になった。素直に声に出した学生もいた。

しかし、それは学生たちが間違っているわけではない。仕方がないというものだ。いま、花見で愛でる一般的な桜は、淡いピンク色の「染井吉野」だからであって、「山桜」ではないからだ。しかし江戸時代までは、桜といったら

山桜

だ。この桜=山桜とする感覚は、たぶん平安時代までさかのぼれる。
平安時代の色彩感覚ともいうべき「襲ねの色目」では、「桜」は表が「白」で裏が「赤」となっている。白と赤でなぜ「桜」なのか。それは平安時代の人が愛でた桜が

山桜

だからだろう。山桜は白い花が咲く。そして、その脇に赤い(ただしくは茶色かも)幼葉が芽を出す。白い花と赤い葉の重なり具合をみて、平安時代の人々は「白」に「赤」を襲ねて「桜」と見立てたのだろう。
それでは先ほど大半の学生たちが答えた「ピンク」色をした花の代表的な花はなにか。これは

桃の花

で間違いないだろう。まさに「ピンク」という言葉がふさわしいくらいに「ピンク」だ。ハナモモに至っては、目にも鮮やかという、キツいくらいの「濃ピンク」だ。だからピンクはやはり桃のための「色」ということになろう。

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↑印旛「吉高の山桜」。花は白、葉は赤みがかった茶色である。

雑記帳

年の暮れに箱根へ旅行したときのこと。
夕闇の深くなったころに箱根のクラシックホテル「富士屋ホテル」へ立ち寄り、ティーラウンジ「オーキッド」でお茶をした。庭のクリスマスイルミネーションがみえる一隅の席につき、

マーブルケーキ寄木細工風(紅茶つき)

を注文すると、女給(このホテルでは「女性従業員」とよぶよりも、古めかしい表現だが「女給」と説明したほうが個人的にはしっくりくるような気がする)が

以前にこちらのケーキをお食べになったことは?

と聞かれたから、僕は今回はじめてこのケーキを食べる旨を伝えると、さり気なく

お客様のことは、以前にもこちらを利用なされた方とおぼえてはおりますが・・・

と前付けを加えた上で、

シナモンが強めの味付けになっておりますが、よろしいですか

と聞いてくるあたりは、さすがに社員教育が徹底されていて、対応を受けたこちらとしても気持ちがいいものだ。なにせ、僕はこのときがはじめて富士屋ホテルを利用したのだから・・・この気配りというか、客あしらいは素晴らしい。嘘でも、社交辞令でも、咄嗟に

お客様のことは、以前にもこちらを利用なされた方とおぼえてはおりますが・・・

とは、なかなかいえない言葉だ。このようにいわれて客として気を悪くすることはないだろう。

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箱根「富士屋ホテル」のティーラウンジ「オーキッド」の一部と「マーブルケーキ寄木細工風」(紅茶つき)
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それでは「春夏冬、二升五合」をお願いまして、皆々様の御手を拝借。

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熊さん。今のお人で何人目だい?
著者寸描(プロフィル)

浮世名詮〔うきよのめうせん〕

Author:浮世名詮〔うきよのめうせん〕
東西東西~。
さて、これより語りまする者はその名を「名詮」と申しまする。

性格は可成ふざけて居りまして、朝イチから行動すればよいものを、昼も過ぎ、夕闇の濃くなる頃から東都のあちらこちらへ出没し、状況に応じて色々な人物を演じ分ける素ッ惚けた根無し草。

まあ、気楽に気楽にお付き合い下りまするよう、隅から隅まで、ズズいっとお頼み申し上げまする。

先づは

乍憚口上
乍憚口上」つづき
乍憚口上」むすび

を一読下さりまするようお願い申し上げまする。

千穐萬歳大入叶

熊八ブログをケータイしておくれっ
ちょいと、そこのお前さん。無視していくんじゃないよ。めうせんの「熊八ブログ」がケータイでも見ることが出来るっていうじゃあないか。おや、知らない?まあ、この人はなんて野暮なことをいいなさんのかねえ。
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「文は遣りたし、書く手は持たず」なんて謙遜、遠慮なぞは無用ってもんでございやす。へい。

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