雪駄ちゃらちゃら

この夏、単衣を誂えたのは、行きつけの呉服屋に

そろそろワンランク上のものをお召しになったほうが宜しいかと存じます

といわれ、その気になったせいだ。早い話が口車に乗ったわけである。
けど、勧めるだけあって、間違ったものは出さない。なんでもかんでも無責任に売りつけてしまへではない。ちゃんと客のことを考えており、似合う・似合わないをハッキリいってくれるから、こちらとしても安心して任せたわけだ。
さて、夕方4時に友人宅を出て、四万六千日に行く。
早速、丹後の木綿ちりめんで仕立てた紺細縞の夏物に白献上を締め、渋扇子を差し挟み、雪踏履きと決めて繰り出した。で、自分でいうのはうぬぼれもいいところだが、姿見で自分の姿を映すと見事に決まった感がある。

渋い・・・

けど、イイ感じなのだ。
たとえば昼下がりに雪駄をチャラチャラさせて歩いていると、板塀を廻らした二階屋から

そこを行くお兄ぃさん、ちょいとお待ちなさいよ
暑いから、ちょっと上がってお茶でも召し上がっていきなさいよ

と、行水を済ませて後れ毛をすっとなで上げている小股の切れ上がったイイ姐さんに呼び止められそうな感じ。というと

湯屋番だ

と笑われそうだが、見る人が見ればその良さをわかってもらえるだろう。
というのも、四万六千日のお参りを済ませ(126年分のご利益をいただき)、境内の端っこで渋扇子で涼をとりながら一服していると、まったく見知らぬ老人が僕の前で立ち止まり、しげしげと見て会釈をしてきた。それに僕が返すと、実にしみじみとした口調で

いい着物だなぁ。ああ、いい着物だ・・・もうすこし暗くなったころに歩いたら、もっといい・・・いいものを見させてもらった

と褒めてくれた。老人が去ると、その話を気持ち少し離れたところで他人の振りして立ち聞きしていた友人が、すぐに来て、

やっぱ見る人が見ると、わかるもんなんだねえ。すごい褒めてたじゃん。

と当の着ている僕よりも興奮気味に話す。
ここでうぬぼれたいのは、たとえイイ着物でも着る人がダサく、だらしなく着ていたら目立つわけもない。またそんな着方をしたら、折角の着物が泣くというものだ。余所の目に留まるということは、僕の着方が幾分サマになっていたからだろう・・・うぬぼれだよ、うぬぼれ。でもね、うぬぼれさせて。
   ・・・・・・・・・・・・・・・
まあ、僕の話はこのへんで終わりにして。余談を少し。
観音様参りの際に見た若い男性(チャラチャラした感じのね)の浴衣姿をみると、面白いやら唖然とするやら。流行りでも、季節柄でも何でもいいが、

浴衣を着よう

という姿勢は評価するんだけど、角帯を兵児帯のように蝶々結びもどきにしたり、貝の口の成り損ないにもならない鎖結び様の結び方で平然と歩いているのはどうだろうね。帯がゴワつくから、結びきれてなくてダラーっとしているは、個性云々じゃあなくて、

格好悪い

このひと言に尽きると思うんだが・・・当然、腰骨のところでキュッと締めてなどいないから、前は肌蹴放題。肌蹴ても自分で直せないから、余計にみっともない。
むしろ、(おそらく)観光サービスの一環で着付けしてもらった目の青い外国人さんのほうが貝の口になっているし着崩れてしていないんだから、若い男性の格好はお話にならない。
もちろん、こういう男性の場合、大体はマルイだのなんだので売っている吊るしの既製品で間に合わせているから、生地の柄も帯も全然面白くない。それでいて着方もなってない。なんなんだろうねえ。着崩れて胸なんか肌蹴てるのに、太ももも見えているのに気にしない感覚・・・こっちが老けたとかそういうレベルじゃなくて、単純に

ダサい
みっともない

と思うんだがなあ。やはり僕の感覚が古臭くなってしまったのか・・・それとも彼らの感覚が麻痺しているのか・・・わからないな。
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雪駄

今年は、というか、今年の夏は何をとち狂ったか、金もないのに

☆綿麻混合の弁慶格子夏物
☆本染「鎌○ぬ」の本染め夏物
☆丹後木綿ちりめんの細縞夏物

と夏物を3枚も仕立ててしまった。
さらには、いきつけの呉服屋の勧めもあって半襦袢(肌襦袢?※注)を2枚仕立てた。これにくわえて正絹角帯を3本購入。
さらにさらに。これだけでは飽き足らず、扇子も新しいものを購入した。とはいっても、扇子に関しては先日いままで使っていたお気に入りのものを落としてしまったので、新しく買う必要があったんだから、まあいい。
(ちなみに今回は渋扇・・・これがこれでまた柿渋独特の発酵臭がなかなか抜けなくて大変・・・)
ここまでやると、なにか吹っ切れるものがあって、徹底的にやろうと思うようになる。当然、履物もこだわった。夏物を仕立てたんだからということで、

雪駄

である。しかも本竹皮表に印伝鼻緒、牛革底という代物。鼻緒はその場で挿げてもらった。だから値段は正直、高い。市販されているビニール型押し表にゴム底の雪駄と比べると、ゼロがひとつ違うんだから・・・

さて、今回は雪駄についての雑文をひとつ。
雪駄は今日に限らず、江戸時代も値段の張るものであった。雪駄は贅沢品であった。では庶民(どこまでの階層が「庶民」なのかという括りは別にして)は何を履いていたかといえば、

藁草履

である。こちらは断然安い。もちろん、出来は粗末。鼻緒なんかは藁に紙を巻きつけただけのものであった。
で、雪駄と藁草履、値段の差とくれば、芝居の世界では「夏祭浪花鑑」の「長町裏殺しの場(通称、泥場)」がまづ浮かぶ。団七九郎兵衛が舅義平次と争い(誤って)斬り殺してしまう場である。その少し前の場面で、義平次が団七の腰から滑り落ちた雪駄をみて、

「こりゃなんじゃ、雪駄じゃの。イヤおのれは大層な物を穿き居るな。この親はこの年になるが、二十四文の藁草履、こんなものをへけらかして、それで面が立たぬというのか。アノ、この面が。

というセリフがある。金の亡者・義平次をして「大層な物」という雪駄は、当時もいかに「贅沢品」であったかがうかがえる。義平次の話し振りからすると、一生に一度履くことがあるかどうかといった感じだ。
では、雪駄がどれだけ高級品だったかというと、「守貞漫稿」という幕末に成立した書物によれば、雪駄の値段は銀11~12匁、物価が高騰した時は15匁くらいだったという。

金1両=銭6000文
金1両=銀60匁

とすると、

銀1匁=銭100文

だから、雪駄は銭換算すると単純計算で1100~200文もしくは1500文。藁草履は義平次のセリフにもあるように銭24文だ。とすると雪駄は藁草履の約50倍値だったわけだ。物価高騰の折だと60倍超値(なお、藁草履の値は大して変動しなかったようだ、多分・・・)。これは高い。雪駄はたしかに贅沢品だということがわかる。

ちなみに最近の「ビニール型押し表にゴム底」雪駄しか知らないひとのためにひと言追加。
「夏祭」で団七は義平次に雪駄で打擲(ちょうちゃく)され、額に傷を負う。このとき、額から流れる血を見て、団七はとうとう堪忍袋の緒が切れるわけだが、雪駄で叩かれてなんで血が出るかというと、本物の雪駄は底に牛革を貼る。その際、尻鉄(しりがね)といって、革の摩滅を軽減させるために釘(留め金)を打ち付ける。また鼻緒の挿げ口にも釘を打つ。この釘が当たって団七は額に傷を負うわけだ。
また余談。尻鉄は歩くと擦れて、カチリカチリ(とか、チャリチャリ)と音がする。この音が雪駄履きの粋なんだそうだ。そうすると時代小説なんかで「雪駄をチャリチャリ言わせて」といった表現は、その雪駄の持ち主が

ちょっと粋なイイ男

ということをメタファしているわけだ。
setta
※なお、画像は従来のケータイカメラではなく、普通のデジカメで試し撮りしたもの。そのため、サイズは今までのと違って、かなり大きいかもしれない。了承してください。

※注・・・衿は「襦袢」と同じ幅で半衿を付けた。だけど、袖は肌襦袢と同じ筒袖。しかし、身頃との間に身八つ口はある。だけど、袖幅は半分。これは半襦袢? それとも肌襦袢? 変形半襦袢とか変形肌襦袢とでもしたほうがいい?
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熊さん。今のお人で何人目だい?
著者寸描(プロフィル)

浮世名詮〔うきよのめうせん〕

Author:浮世名詮〔うきよのめうせん〕
東西東西~。
さて、これより語りまする者はその名を「名詮」と申しまする。

性格は可成ふざけて居りまして、朝イチから行動すればよいものを、昼も過ぎ、夕闇の濃くなる頃から東都のあちらこちらへ出没し、状況に応じて色々な人物を演じ分ける素ッ惚けた根無し草。

まあ、気楽に気楽にお付き合い下りまするよう、隅から隅まで、ズズいっとお頼み申し上げまする。

先づは

乍憚口上
乍憚口上」つづき
乍憚口上」むすび

を一読下さりまするようお願い申し上げまする。

千穐萬歳大入叶

熊八ブログをケータイしておくれっ
ちょいと、そこのお前さん。無視していくんじゃないよ。めうせんの「熊八ブログ」がケータイでも見ることが出来るっていうじゃあないか。おや、知らない?まあ、この人はなんて野暮なことをいいなさんのかねえ。
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